2021年12月 5日 (日)

「青天を衝け」めぐり in 深谷

今回は埼玉県深谷市へ、家族を連れての日帰りドライブ。
2021年度の大河ドラマ「青天を衝け」関係地をめぐります。まずは・・・

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深谷大河ドラマ館へ。

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栄一が幼少期から過ごした家を再現したセットや・・・

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出演者らのパネルなどが展示されています。
この2人の恋心と結末は切なかったですね・・・。

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人柄も素晴らしく、本当に立派で素敵な“とっさま”でした。

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ドラマで使用された小道具など。
千代に「浅ましい・・・」と一蹴された栄一の洋装写真(笑)や、栄一が千代に贈った懐剣など。

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パリ万博で驚嘆していたエレベーターも。

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左から尾高長七郎、渋沢てい、渋沢(尾高)平九郎の衣装。

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併設された物産館で、名産の深谷ネギも購入。

ドラマを欠かさず視聴しているので、結構楽しめました。

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ちなみに、大河ドラマ館の向かいには深谷城址公園があります。

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お次は旧渋沢邸、栄一の生誕地でもある血洗島の中の家へ。

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中の家と、この後に訪れる尾高惇忠生家は、3年前に訪れた際の記事と重複するため詳細は割愛します。
しかし、3年前にはいらっしゃらなかった栄一のアンドロイドにお会いできました。

※栄一が建立した平九郎の追悼碑の前で、ボランティアの高齢男性が団体客を前に力説していたのですが、
「“昌忠”というのは栄一の“青淵”、惇忠の“藍香”と同じで、平九郎の号!」
と大声で断言しているのを耳にした瞬間は、思い切りズッコケそうになりました・・・いくらボランティアとはいえ、少しは正しく勉強して(させて)からでないと・・・。

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尾高惇忠生家も3年前とは違い、ドラマの影響で多くの人が訪れていました。

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渋沢栄一記念館

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こちらも3年ぶりの再訪ですが、やはり渋沢栄一アンドロイドとは初対面となりました。

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最後に、大寄公民館脇に移築復元されている誠之堂へ。
大正5年(1916)、栄一の喜寿を記念して、彼が頭取を務めていた第一銀行の行員たちの出資により、第一銀行の保養施設であった清和園(東京都世田谷区瀬田)に建てられました。

※ところで、渋沢成一郎(喜作/栄一と同じ血洗島出身)は振武軍を率いた際、「大寄隼人」の変名を用いていますが、この地名に由来しているのかもしれません。
この地に「大寄村」が成立したのは明治22年(1889/1955年廃止)のことらしいのですが、それ以前から地域名のような形で存在していたとしたら・・・。
尾高惇忠も「榛沢新六郎」と、やはり現在の深谷市一帯に所在していた榛沢郡にちなんだものと思われる変名を用いています。

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煉瓦で「喜寿」と書かれています。

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誠之堂内部

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暖炉上の渋沢栄一レリーフ。

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説明や古写真にある通り、建設当初のレリーフは横向きだったそうです。

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ステンドグラスも印象的でした。

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誠之堂の横に移築されている清風亭も見学。

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清風亭は、やはり第一銀行であった佐々木勇之助の古希を記念して、誠之堂に並べて建てられました。
平成11年、誠之堂と共に、渋沢栄一ゆかりの地でもある深谷市に移築復元されました。

この後は道の駅おかべに立ち寄ってから帰路につきました。
(大河ドラマをご覧の方には、「岡部」の地名にも馴染みがあるはず!)

母も今年はずーっと「青天を衝け」を視聴しているので、楽しんでもらえたようです。
往復共に渋滞知らずで、よきドライブになりました。

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2021年11月28日 (日)

旧吉野家住宅、他

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日曜昼下がりのドライブ、今回は青梅市新町の旧吉野家住宅へ。
旧新町村は慶長~元和年間にかけ、元忍城主・成田氏の旧臣だった吉野織部之助という人物が中心となって開拓されたのだそうです。その子孫は代々、新町村の名主を務めました。
現在残る家屋は嘉永4年(1851)に建てられたもので、都の有形文化財に指定されています。

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さすがに名主層の住宅だけあって、式台を備えた玄関も立派です。

天正18年(1590)の小田原征伐による忍城開城後、吉野織部之助は武蔵国多摩郡下師岡村(青梅市師岡町、他)に下野していましたが、新町での新田開発を幕府の代官に願い出て、その協力も仰ぎながら新村開拓に着手したそうです。
なお、下師岡村の吉野家は息子が継ぎ、新町の方は孫娘に婿を取らせ、これに継がせたようです。従って下師岡村の名主も、織部之助の息子が継いだ吉野家が代々務めました。

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大正期頃の新町村の様子。

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建物内部も上がって見学することができます。

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旧吉野家住宅の北東100mほどに位置する、新町の大井戸。
一目見た瞬間、羽村の「まいまいず井戸」にそっくりだなと感じました。
参照記事

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新町村は武蔵野台地の中央に位置して河川からも遠かったため、開拓にあたっては織部之助もすぐに井戸の掘削に取り掛かっています。
この形状からして大井戸は、織部之助らの入植よりも時代を遡るかと思われますが、水の確保に腐心した様子が偲ばれます。

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旧吉野家住宅から青梅街道を西へ200m弱、鈴法寺跡。
鈴法寺は普化宗を宗派とする寺院で、初めは幸手市にあった藤袴村に創建され、川越近くの葦草村を経て、慶長18年(1613)にこの地へ移りました。
これは、当時の鈴法寺20世が織部之助と同じ、成田氏旧臣の子息だった縁によるものだそうです。

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明治4年の廃宗に伴って廃寺となり、同28年の火災で残っていた伽藍も焼失したようです。
現在はこじんまりとした児童公園になっており、その片隅に歴代住職の墓所を残すのみとなっています。

近場の史跡をめぐるドライブ旅。
次はどこへ向かいましょうか・・・?

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2021年11月27日 (土)

多忙につき・・・(家庭菜園2021⑨)

早いもので、11月ももう終わりを迎えようとしています。
このひと月は週末も仕事に追われ、殆ど菜園をチェックできておりませんでした。
という訳で・・・


■11月27日

いきなりの月末です(;^_^A

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11月も末だというのに、未だ京みどりはたくさんの実をつけてくれています。粒こそ小さいですが。
万願寺トウガラシはそろそろ終わり、伏見長トウガラシはもう完全に終了ですね。

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畑A
右:芽キャベツ
中央:京みどり
左:万願寺&伏見長トウガラシ、鷹の爪
鷹の爪は、まだ残っている実の利用方法について思案中。

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成長の遅い品種の方の芽キャベツはまだまだですが・・・

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もう一方のは、芽が徐々に大きく育ってきました。
本当にキャベツみたいな形をしています。

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畑Bはオクラが枯れてしまいましたので、今期終了です。
来春まで土を休めます。

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2021年11月23日 (火)

近藤芳助が所持していた近藤・土方肖像写真

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2021年11月23日、新選組隊士だった近藤芳助(川村三郎)が所持していたと云う近藤勇・土方歳三の肖像写真が、1日限定(写真の劣化を防ぐため)で公開されると聞き、土方歳三資料館へ。

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到着してみると想像を超える盛況ぶりで、行列は表の道路まで延々と続いていました。

今回、土方歳三資料館で公開された近藤・土方の写真は、幕府御典医であった松本良順(順)が所持していたものを、元新選組隊士・久米部正親(猪野忠敬)が借り受けて近藤芳助に託し、芳助が横浜の写真家・鈴木真一に依頼して3枚ずつ複写したものの1組とのこと。
残りの2組は、久米部と永倉新八とで分け合ったのだとか。

実際、土方の写真の裏には;
土方年三君 明治廿壱年九月 猪野忠敬氏所持之分複写
と書かれているそうです。

芳助の御子孫が土方歳三資料館へ寄贈されたことから、今回の1日限定公開になった訳ですが、過去(2009年)にはこの御子孫により、2人の写真は「開運!なんでも鑑定団」に出品されたこともあったようです。

近藤の写真の方は劣化が進み、かなり色褪せているように見受けられましたが、土方の方は割と鮮明で、市村鉄之助が箱館から佐藤家に届けた写真と構図は全く同じなのですが、表情が心もち柔らかい印象を受けました。

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資料館内も大変な混雑。私は既に何度もお邪魔しているので、今回は目的の写真だけを目に焼き付けて、早々に退散いたしました。

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2021年11月 7日 (日)

法林寺館

新型コロナの猛威が下火になってきたかと思えば、今度は仕事の方が暴発しておりまして、なかなか旅にも出られずに悶々とした日々を送っております。
そんな日曜の昼下がり、気晴らしに自宅からも近いあきる野市の法林寺館を訪れてみました。

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法林寺山門

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本堂

法林寺は西暦921年の開基、14世紀後半~15世紀初頭頃の再興とも伝えられる古刹で、江戸時代には幕府より寺領25石の朱印も拝領していたそうです。
その周辺に土塁の一部が残存していることから、ここにはかつて、武士の居館のようなものがあったのではないかと推定されていますが、文献等でその存在を確認できず、便宜上、跡地に建つ法林寺にちなんで「法林寺館」と呼ばれていますが、詳細は全くわかっていないようです。

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法林寺のすぐ南には多摩川が流れています。
多摩川の河岸段丘の縁という立地で、対岸の加住丘陵上には眼前に高月城、更に左奥には滝山城があります。

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ところで、法林寺境内の南側、多摩川に面した段丘の縁にも土の盛り上がりがあったのですが、これも土塁の名残でしょうか・・・?

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法林寺の東隣り、寺前公園から見る法林寺館北東隅の土塁(内側)。
黒い柵が土塁に沿って張り巡らされていますので、辛うじて隅部分が内側に折り曲げられているのがわかります。
方角からしても、これは鬼門除けの隅欠だと思われます。

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北面の土塁(同じく内側より)。
左奥に法林寺の山門が見えています。
しかし、なかなかの藪り具合・・・来る時期を間違えたようです。(;・∀・)

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外側に至っては・・・周囲の藪がフェンスの高さまで生い茂り、土塁の高さを全く体感できません・・・( ;∀;)
ちなみに上の写真は、外側から見た東面の土塁です。

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北東の隅欠部分・・・いいよ、また来るから。

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北面・・・幸いに近所みたいな場所なので、また冬にでも訪れてみたいと思います。

法林寺館の成立年代や歴史は、お寺の沿革・変遷(いつ現在地に移ってきたか、etc...)とも関わってきそうですが、法林寺も江戸期に火災に遭い、記録類が焼失して詳しいことはわからないのだそうです。

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2021年10月30日 (土)

京みどりの頑張り(家庭菜園2021⑧)

■10月7日

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オクラを1日に5本も収穫できたのは初めてかもしれません。


■10月9日

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この日は万願寺トウガラシをたくさん収穫できました。
京みどりも好調です。


■10月11日

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またオクラが5本採れました。
プランターのゴーヤも頑張ってはくれています。


■10月16日

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またまた万願寺&伏見長トウガラシ、京みどりが大豊作。
ゴーヤにオクラも加え、とにかく緑ばっかり(笑)

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しかし、京みどりを中心に虫害も多発しています。


■10月23日

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ゴーヤはもう株に元気もなく、実が大きくなる前に傷んでしまうので早めに収穫しました。


■10月30日

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10月最後の収穫。
半月ほどで秋も深まり、虫害が殆ど出なくなって京みどりをたくさん収穫できましたが、徐々に実は少なくなってきました。
万願寺&伏見長トウガラシに至っては、残り僅かとなっています。

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畑A
鷹の爪もまだ少し実をつけていますが、これからは一番手前の芽キャベツの成長を楽しんでいきたいと思います。

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芽キャベツはだいぶ葉が込み合ってきたので、少し下葉かきをしました。

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プランター植えのゴーヤ。
葉も殆ど枯れてきたので、僅かに残ったこれらの実を収穫したら終了にします。

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畑Bのオクラ。
相変わらず葉が細く、成長も殆ど止まりました。

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まだこうして実をつけてはいますが成長できないものも多く、こちらもそろそろ終了のようです。

我が家の家庭菜園は基本的に夏野菜が中心なので、来月の更新時には芽キャベツだけになっていることでしょう。
果たして、ひと月でどのくらい成長してくれているか?

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2021年10月18日 (月)

楯の城

今回は東京都青梅市日向和田、JR青梅線の宮ノ平駅近くにある楯の城(館の城とも)へ。
一つ手前の青梅駅近くに車を置き、青梅街道を西へ歩いて向かうことにします。

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青梅宿町年寄、旧稲葉家住宅の前を通過し・・・

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裏宿、「義賊」としての伝説も伝えられる七兵衛が住んでいた場所と云う七兵衛公園前も通過。
(七兵衛は、二俣尾村の名主・谷合家の記録に元文4年(1739)、一味と共に捕らえられ、処刑されたことが残されているので、実在はした人物のようです)

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楯の城の東面を深く削り込むようにして流れる沢。
水面は見えませんが、水の流れる音は聴こえていました。このまま近くを流れる多摩川まで流れ込んでいるようです。

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その沢に架かる橋の欄干に「館」の文字が読めました。
「館橋」というようです。

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青梅街道から見上げる楯の城。
数軒の住宅が建つ辺りも、従来は城域の一部だったようです。

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宮ノ平駅の手前(東)で踏切を渡り、線路沿いの細い路地を少し上ります。
楯の城(の遺構)は、すぐ先に見えている一つ目の階段を左に上がり、山道を少し進んだ先になります。

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楯の城の西面も、こうして深い谷になっていました。
青梅街道や、それと並行する多摩川に向かって駆け下ってきた山からの稜線の先端で、東西を守られるようにして沢と谷に挟まれた占地です。

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山道に入って20mほども歩くと、目印となる赤錆びた看板が出てきます。
ここで山道を外れ、右手の踏み跡に入っていきます。すると・・・

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見事な土塁や空堀が目に飛び込んできました。
奥には土橋も見えています。

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土橋
右手は虎口になっています。

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土橋を渡った虎口の先が、楯の城の主郭部になっていたようです。
今でも削平された痕跡は残っているようでしたが、藪々で詳しくは確認していません…(;^_^A

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土橋上から西側の空堀を見た様子。
しっかりと「折れ」も確認できます。

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反対に東側。
こちらは真っ直ぐ、そのまま先に見た沢まで落とされていたようです。

楯の城は「新編武蔵風土記稿」や「武蔵名勝図絵」などでは、田辺清右衛門なる人物が移り住んで構えた居館跡と伝えられているようです。
この田辺清右衛門、元は甲斐武田家の旧臣で、天正10年(1582)の主家滅亡後、武蔵国に逃れて北条氏照に仕えたことから日向和田の楯の沢に館を構え、移り住んだのだそうです。
そうなると時系列的にも、近くに居並ぶ辛垣城や桝形山城、勝沼城との関連は特に見出せないということになるでしょうか。

清右衛門の墓所は青梅市天ケ瀬の金剛寺にあり、墓誌によると明暦4年(1658)に72歳で没したようです。
金剛寺には彼の肖像画も伝えられているようですが、非公開とのことです。

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楯の城からの移築と伝わる明白院の山門。
北条家の滅亡後、田辺氏は徳川家に仕えました。
こちらの山門は、清右衛門の孫の代の時に移築されたものと伝えられているようです。

楯の城、個人的には青梅街道を押さえる番所のようなイメージを抱いていましたが、少々意外な歴史を知ることになりました。

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2021年10月 4日 (月)

古河城・古河公方鴻巣館

緊急事態宣言も開けた10月最初の週末、久しぶりに愛車とのドライブも兼ねて茨城県古河市へ。

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今回は、街中に残る古河城の痕跡をめぐります。

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まずは古河歴史博物館で古河の歴史を簡単に学び、博物館の建つ諏訪郭跡から散策スタート。

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諏訪郭の南東隅から東面にかけての土塁。
いい感じで残されています。

先の図面でもおわかりのように、古河城は渡良瀬川の河畔に曲輪を南北に連ねた連郭式の城郭でしたが、この諏訪郭だけは東に突出した出城、広い意味では馬出的な存在だったようです。

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同じ南東隅部の土塁を外側の堀底から。

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福法寺の山門として残る乾門
元々は二ノ丸、将軍御成のための御殿前に建っていたそうです。

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古河城の文庫蔵の移築と伝わる坂長本店の店蔵と、乾蔵の移築と云う袖蔵。

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街中には、雪の結晶の研究で知られる土井利位の雪華模様をあしらった鉄柵も。

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日光街道古河宿の道標。
左 日光道
右 江戸道
古河城は江戸時代、日光東照宮へ社参する徳川将軍の宿泊地でもありました。
(岩槻→古河→宇都宮)

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城下町を通過する旧日光街道。

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素敵なクランクですねぇ~♪
このまま日光街道を少し西へ進んで・・・

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古河藩主・土井家(1633~1681、1762~)の菩提寺、正定寺へ。
こちらの山門は、土井家の江戸下屋敷(本郷)から移築されたものだそうです。

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土井家歴代の墓所にもお詣り。

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正定寺近く、この不思議な分岐をする路地の辺りが・・・

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古河城追手(大手)門跡。

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追手門跡から西へ、頼政神社に残る観音寺郭北面の土塁。
この上には頼政神社が鎮座していますが、残念ながら石段の崩落か何かで境内は立入禁止になっていました。

頼政神社は元禄9年(1696)、時の藩主・松平(大河内)信輝が城内に大河内氏の祖先にあたる源三位頼政の廟所があることを知り、これを神社として整備して祀ったのが始まりと伝えられています(他説あり)。
元々は城域南端の立崎郭に祀られていましたが、明治末期からの渡良瀬川改修工事で立崎郭が消滅することとなり、現在地に移されました。

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渡良瀬川と城を直接繋いでいたであろう、船渡門跡。
河川改修後に築かれた大きな堤防に遮られ、現在では川を直接見ることは叶いません。

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丸ノ内北西に位置する桜門跡。

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桜門跡碑の前の道が半円状にカーブしていたので、私は始め「馬出(の痕跡)か?」とも思いましたが、どうやらそうではなく、門の脇に掘られていた堀のラインを示す痕跡なのかもしれません。

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古河城跡の見所の一つ、獅子ヶ崎土塁

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獅子ヶ崎土塁の往時の位置関係はこのようになります。

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獅子ヶ崎土塁の北側。

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獅子ヶ崎土塁の向かいには重臣屋敷長屋門。

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獅子ヶ崎土塁前、御成門跡から諏訪郭方向へと真っ直ぐに続く御成道
日光社参の途次に古河へ到着した徳川将軍は、この御成道を通って御成門から丸ノ内に入り、三ノ丸を経由して二ノ丸の御殿に宿泊したと云います。
その為、古河城には珍しく、御成門には石垣も積まれていたそうです。

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渡良瀬川の堤防上に建つ本丸跡の碑。

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本丸や三ノ丸を左右に横切っている黒い線が、明治末期からの河川改修で築かれた堤防や道路で、その上は河川敷や川の流域に変貌してしまいました。

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御三階櫓が建っていたであろう地点を眺める・・・も、もはや往時を偲ぶよすがもありません。

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こうした威容を見てみたかったという思いはありますが、こればかりは致し方ありませんね。

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古河公方・足利成氏が城(御所)の鬼門守護のため、鎌倉の長谷寺から勧請したのが始まりとされる長谷観音にもお詣り。

そう、古河といえば古河公方
ということで・・・

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古河公方鴻巣館跡(古河公方公園)へ。
古河公方鴻巣館(鴻巣御所)は、御所沼と呼ばれる沼地に突き出た小高い舌状の台地上に築かれていました。

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その台地の縁部分(北側)。なんとなく切岸になっているようにも見えました。

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台地上には、江戸期の古民家も移築されています。

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古河公方館址
享徳4年(康正元年/1455)に鎌倉を放棄して古河に移った足利成氏は、この地に館を構え、2年後には整備を終えた古河城へ移りました。
しかし鴻巣館は成氏以降も、政氏・高基・晴氏・義氏と代を重ね、最終的には義氏の娘・氏姫の居館として江戸時代初期まで、約150年もの長きに渡って存続していたそうです。

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石碑の奥には堀切のような痕跡も。

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堀切を渡る土橋・・・か?

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図を見る限り、台地の先端方向にもう少し遺構がありそうな感じでしたが、下草にも阻まれてこれといったものは確認できませんでした。
しかし、現代に伝えられる古河城の痕跡が近世の改修・拡張を経て足利氏時代の面影を失っている中で、鴻巣館跡の遺構は貴重な「古河御所遺跡」といえるかもしれません。

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台地の先端方向から振り返る鴻巣館跡と御所沼。

さて、今回の古河めぐりはこの辺で終了です。
本当に久しぶりな史跡めぐり。ドライブも合わせて、とてもいい気分転換になりました。

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2021年10月 2日 (土)

粘る京野菜(家庭菜園2021⑦)

■9月7日

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数日前から「色味が少し黄色がかっているなぁ…」と思っていましたが、気がつくとオクラの小さな実がいくつも地面に落ちていました。

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新しい葉がどんどん細くなっているし、あまり調子は良くなさそう。
栄養不足か、日照や気温なのか・・・?


■9月11~12日

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この週末、もはやマトモな実をつけることもなくなった茄子を撤去しました。
気温が落ち着いてきたので、芽キャベツは断熱シートを外し、鳥除け用のネットを設置しました。

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畑Bの茄子も撤去。

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この日はオクラの花が2つ、綺麗に咲いていました。
また新たな実もつけているので、この後順調に収穫できることを祈ります。

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プランター栽培のゴーヤ。
ゴーヤ・カーテンは望むべくもありませんが、チラホラと実はつけてくれています。
しっかりと苦みもきいて、味もGood。

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9月11日の収穫・・・緑ばっかり(笑)
京みどりは、まだ収穫が続きそうです。

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こちらは9月12日の収穫。
鷹の爪の第3弾に、残り少なくなってきた伏見長トウガラシを少々。

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鷹の爪といえば・・・ひと月余り乾燥させた第1弾の収穫を使って、一味唐辛子を作りました。
手でヘタと種を取り除き、あとはミルにかけるだけ。

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昨年よりも入念に乾燥させたので、出来栄えもいい感じです。


■9月15日

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この日はゴーヤに京みどり、万願寺&伏見長トウガラシ、そして残っていた鷹の爪の実を青唐辛子の状態で収穫しました。

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先に収穫していた赤い鷹の爪とニンニクで、唐辛子オリーブオイルを作り・・・

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青唐辛子はみじん切りにして、味噌・めんつゆ・煎り&すり胡麻・砂糖を混ぜ合わせたものと一緒に、胡麻油でさっと炒めて・・・

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激辛のご飯のお供、青唐辛子味噌にしてみました。
先日作った一味唐辛子と合わせ、自家製唐辛子レシピ3種の揃い踏みです。

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早速、夕飯で味見・・・適当に作った割には味のバランスが絶妙で、家族からも好評でした。


■9月18日

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台風14号が近づく中、念のために大きく育っている方の芽キャベツにも支柱を設置しました。


■9月19~22日

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オクラが毎日2~3本ずつ、コンスタントに収穫できるようになってきました。

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こうして順々に実をつけてくれているので、しばらくは楽しめそうです。

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9月21日も。
この日はまだ小さいのに、なぜか真っ赤に熟していた京みどりも収穫しました。

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9月22日は再び3本。

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ところで、芽キャベツの葉に心配な症状が現れました・・・。
部分的とはいえ、新しい葉が結構な頻度で枯れてしまっています。

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暑さ(季節外れの最高気温30度前後)によるものではないかとも推測しているのですが、病原菌によるものの可能性も拭えず、とりあえず枯れた部分を除去しました。
治まるといいのですが・・・。


■9月23日

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しばらくぶりに形のいいゴーヤが採れました。
真っ赤に完熟した京みどりも2つ目です。
お隣が植えて、我が家の庭にも勝手に自生している山芋の“むかご”と一緒に。


■9月24日

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オクラが4本同時に採れました。

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日々、1~2個ずつは花を咲かせてくれています。
(9月25日撮影)


■9月26日

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京みどりは最近アオムシ系の食害が目立っているので、まだ少し小さいのですが早めに収穫しました。
万願寺&伏見長トウガラシも頑張ってくれています。


■10月2日

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早いもので、今年も神無月を迎えてしまいました。
1週間放っておいたので、京みどり・万願寺トウガラシがいいサイズに育っていました。

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畑A
京みどりや万願寺&伏見長トウガラシがまだまだ頑張ってくれていますが、これからは一番手前の芽キャベツの成長が楽しみ。心配していた葉が枯れる現象も、一時的なもので済んだようです。
鷹の爪もまだ粘り強く、新しい実をつけています。

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畑Bのオクラ。
葉が痩せてしまっているので何とも言えませんが、日々コンスタントに花を咲かせ、実をつけてくれています。

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プランターのゴーヤは、徐々に葉が枯れてきてしまいました。
時期的にもそろそろ終わりのようです。

足元に空のプランターが置いてありますが、昨年から栽培していたミントが植わっていたものです。
手がかからず楽に栽培できたのですが、我が家に需要がなく、殆ど活用できていなかったので今年で終えることにしました。
空いたプランターで、来年は何か別のものを栽培してみようと思います。

さて、次回はどんなご報告ができるでしょうか。

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2021年8月28日 (土)

2年目のジンクス…!?(家庭菜園2021⑥)

■8月4日

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今年もこれまで、70本を超える収穫を数えてきたキュウリ。
ところが、ここに来て何らかの病気に罹ってしまったようで、このように葉がどんどん変色して枯れてしまう現象が起きています。
初期段階に悩まされたうどん粉病とも違う症状のようです。
その為か、最近は採れる実も色艶・形の悪いものばかりになってきました。。。


■8月8日

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とうとう、京みどり(ピーマン)にも恐れていた事態が・・・虫の食害に遭い、しっかりと穴を開けられています・・・。


■8月9日

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畑Bのオクラと茄子。
既に一番手前に見えていますが・・・

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ついにオクラの一番花が咲きました。
オクラの花は咲いたその日のうちに落ち、そこから顔を出した実が徐々に大きく育っていきます。
初収穫も近づいてきました。

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畑Bの茄子は陽当たりも良く、苗の生育状態はいいのですが・・・なかなか実をつけません。
そうこうしているうちに最近は、先端付近の新しい葉が最初から変色して枯れたような状態になっていることに気づきました。
そういえば、畑Bは昨年も茄子が育ちませんでした・・・土が合わないのかなぁ?


■8月10日

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一晩中続いた強風の影響で、ゴーヤのネットを吊るした紐が切れてしまいました(写真右端)。

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すぐに吊るし直し、更に紐の本数を倍にして今後に備えました。


■8月11日

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キュウリの葉枯れが一層、進行してしまいました。
つるの先端付近にまで及び、もはや手遅れ状態です。。。

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花も咲いていないので、この日に収穫したこの不格好な1本(76号)が、今年の最後のキュウリになるかもしれません。

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ミニトマト(イエローアイコ&純あま)も殆ど枯れ、新たな実をつけることはなさそうです。
こちらも終わりが近そう。。。

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残された貴重な実も、結構な確率で食害に遭っています。

昨年は、キュウリは9月下旬まで頑張って100本以上収穫させてくれたし、ミニトマトも株自体は10月に入っても元気にしていたのですが・・・。


■8月12日

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雨や水やりによる土の流失が激しいので、土留めの仕切りを設置してみました。

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畑Bも。

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先日、一番花が咲いていたオクラはその後、実が順調に大きくなってきています。
左上は、まだ花が咲く前の蕾です。

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鷹の爪も随分といい具合に色づいてきましたので、第一弾の収穫をすることにしました。

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鷹の爪の収穫、第一弾。

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しっかりと乾燥させていきます。

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ちなみに、この日のその他の収穫はこちら。
それぞれの株も古くなり、数も大きさもだんだんと寂しくなってきました。
一つだけ見えるミョウガは、いつもの場所ではなく・・・

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お隣さんの畑から地下茎が伸び、庭の片隅に“勝手に”生えているあちらから採れました。


■8月18日

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オクラも初収穫を迎えました。
今のところ、3株のうちの1つにしか花が咲かない現象が起きているけど、なんとか全てから収穫できるようになるといいな。


■8月21日

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キュウリもミニトマトもすっかり枯れ果ててしまいましたので・・・この日で撤去することにしました。
今年のキュウリは結局、76本で打ち止めです。

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残ったミニトマトの実で、食べられそうなものは採りきりました。
その他はゴーヤ・京みどり・万願寺&伏見甘長トウガラシ・ミョウガです。
ミョウガもおそらくはこれがラスト、伏見長トウガラシも終了が近いように思います。

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撤去後は、新たに芽キャベツ(2種)を植えてみました。

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まだ時期的に少し気温が高いので、日除けシートを設置。
去年栽培したブロッコリーは、冬場になると鳥に葉を食い荒らされたので、今年は鳥対策も講じないと。


■8月28日

早いもので、8月も最後の週末となりました。

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いまいち調子の上がらなかったキュウリ、ミニトマトが去り、跡地に芽キャベツを迎えた畑A。
京みどり、万願寺トウガラシが好調ですが、間に挟まれた茄子はそろそろ限界か・・・。
伏見長トウガラシも実をつけなくなってきました。

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ここ最近の収穫は専ら、京みどり&万願寺トウガラシが中心。
ミョウガは、また庭の片隅に自生している方から。
この日は鷹の爪の第2弾も収穫しました。

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じっくりと天日で乾燥。

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今後は芽キャベツの成長を楽しみに見ていきたいと思います。

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畑B
オクラはまぁ順調なのですが、茄子がからっきし実をつけてくれませんでした。
早めに見切りをつけて、何か違うものを栽培しようかな~と検討中。

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プランター植えのゴーヤは相変わらず・・・。
なんとかポツリポツリと収穫は続いています。

今年はキュウリ・ミニトマト・茄子という、夏野菜の王道が揃って不調に終わりました(茄子はまだ残っているけど)。
原因については何となく見当はついているので、来年はしっかり対策を講じたいと思います。

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