2022年6月 4日 (土)

豆類、キュウリの初収穫など(家庭菜園2022 ④)

■5月10~11日

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5月10日、ついにスナップエンドウの実がなりはじめました。

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翌11日にはきぬさやも。


■5月14日

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またまたアサツキとパセリを収穫。
パセリもだけど、アサツキがとにかく優秀。刈った後もすぐに伸びてきて、何度も楽しませてくれています。


■5月19日

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鈴なりになってきたスナップエンドウ。

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ついに初収穫を迎えました。
絹さやも少しだけ。

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ミニトマトにも小さな実がつきはじめました。


■5月23日

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この日も、スナップエンドウと絹さやを収穫。


■5月24日

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根元で静かに成長していたキュウリ。

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今年も無事に初収穫を迎えました。
右の方は、まだ少し早かったかも・・・(;^_^A

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ところで、絹さやの虫害が酷いです・・・。
葉も食われまくっていますが、実の方もご覧の通り、かなりやられています・・・スナップは割と平気なのに。

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収穫したキュウリはサラダに、豆類はおひたしにして美味しくいただきました。


■5月28日

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またスナップエンドウが鈴なりになっています。

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スナップエンドウの豊作。
絹さやもそこそこ採れましたが、もう花も実もあまり残っていないので、そろそろ終わりのようです。
それと同時に・・・

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虫の食害がスナップエンドウにも及んできました・・・。
虫対策は毎年悩みの種です。

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この日は、京みどりの実も確認できました。


■5月29日

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キュウリ第3号。

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株もすくすくと成長し、今年も順調な滑り出しです。

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昨年の種から育てている鷹の爪は、成長の早い苗だけを残して選別しました。
といっても、まだこの程度の大きさ。種植えのタイミングが完全に遅すぎました。実がなる頃には秋になっていそう・・・。


■5月30日

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この日の収穫。
新たに花が咲く気配もないし、いよいよスナップエンドウも絹さやも残りが僅かとなってきました。

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また、この日は茄子の実をはじめて確認できました。


■6月1日

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キュウリの実が続々となりはじめました。

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今年の第4号。
スナップエンドウはもう1回収穫できるかどうか、といったところ。


■6月2日

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翌日には3本同時に(5~7号)


■6月4日

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さて、ここらでまた今回のまとめを。
まずは畑Aから。

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ミニトマトは続々と実をつけはじめています。
色づきが待ち遠しいところ。

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よく観察すると、前日に降った雹によるダメージも・・・。

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茄子ももうじき初収穫を迎えます。
こちらにも若干、雹のダメージが見受けられます。

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京みどりも数日以内には収穫できそうです。
万願寺トウガラシは少し遅れていますが、花をたくさん咲かせはじめていますので、これからが楽しみ。

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既に7本収穫しているキュウリも、引き続き順調に実をつけてくれています。

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畑Bの方は、いよいよスナップエンドウと絹さやが終了になります。次回には何か別のものが植えられているかも。
ゴーヤはここにきて株の成長も早まり、花も咲かせているのですが何故か受粉せず、なかなか結実してくれません。やはり人工授粉するしかないのか・・・。

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これまでたくさん美味しくいただいてきたアサツキとパセリ。
アサツキはそろそろ終了の時期かと思ったのですが、未だ切った後からグングンと伸びてきます。
パセリもたくさん収穫した直後なので寂しく見えますが、次から次へと葉を伸ばしてくれています。

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鷹の爪もポツポツと開花しはじめました。

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こちらの鷹の爪もまぁ、ゆっくりですが育ってはいます。

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行者ニンニクは・・・マイペース(笑)

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もはや収穫のタイミングすらわからない捨てネギくん。
とりあえずこのまま様子を見ます。

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茗荷ももうじき蕾が顔をのぞかせてくれそうなタイミングです。

次回には全種類、初収穫を迎えていることでしょう。

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2022年5月27日 (金)

円谷英二ミュージアム

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宿泊した磐梯熱海からの帰路、須賀川市の円谷英二ミュージアムに立ち寄ってみました。

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決して広くはありませんが、入館無料の割に展示品も充実しており、特撮ファンには嬉しい施設なのではないでしょうか。

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個人的には、日本海海戦のシーンを撮影している風景のジオラマで再現された、所謂「東郷ターン」に最も吸い寄せられました(笑)

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ミュージアムの入る須賀川市民交流センター tette前の通りにはウルトラマンたちも。

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お帰り前に、お好きなキャラとの記念撮影なんていかがでしょう?

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2022年5月26日 (木)

新宮熊野神社の長床

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喜多方市の新宮熊野神社。
前九年の役(1051~1062)に出征した源頼義・義家父子によって天喜3年(1055)に熊野三社が勧請され、後三年の役(1083~1087)の際、義家により当地へ移されました。

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新宮熊野神社といえば、銀杏の紅葉と拝殿の長床で有名ですよね。
長床は平安末期頃の創建で、慶長16年(1611)の大地震で倒壊し、同19年(1614)に旧材を用いて再建されました。この際、従来のものより一回り小さくなったのだそうです。
国の重要文化財にも指定されています。

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祖父母が住んでいたこともあり、喜多方市には何度も訪れているのに未訪のままでしたので、この機会に参拝させていただきました。

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貞和5年(1349)の銘を持つ銅鐘。

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熊野三社を祭る本殿。

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本殿前から。

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本当は秋に訪れた方がいいのでしょうが、なかなか機会もないですし、人が少なくて静かにお参りできたので良かったのかなと思います。

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最後に宝物殿も拝観させていただきました。

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2022年5月25日 (水)

鶴峰城

猪苗代城(亀ヶ城)の北側、丘陵の尾根続きに位置する鶴峰城
戦国期に猪苗代城を本拠とした猪苗代氏の隠居城とも、猪苗代城の出城(一城別郭)とも考えられていますが、近世初頭以降、猪苗代城が近世城郭として改修・整備されていったのに比して鶴峰城には手が加えられず、そのまま廃城となったために、猪苗代氏時代の古い遺構が残されているとのことです。

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猪苗代城(右)と鶴峰城(左)の間を穿つ堀切。
猪苗代城には2013年にも訪れています(記事)が、不勉強で当時は鶴峰城の存在を把握しておらず、完全にスルーしておりました。

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鶴峰城の南郭から猪苗代城を望む。
家族を麓の公園に待たせているので、今回は鶴峰城だけを駆け足で見ていきます。

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南郭
奥の一段高い部分が本郭になります。

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本郭への虎口(南)と思われる遺構。

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本郭側から見た本郭南虎口。
土塁の他、横堀や土橋のようなものも確認できますが、この辺りはちょっと構造が複雑で、私の理解が追い付いていません・・・。

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本郭
周囲を囲む土塁も残っています。

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本郭の土塁上を進み、その北端部分。
櫓台との案内もありましたが、その先は・・・

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本郭北側の虎口となっており、堀切と土橋もしっかり残っています。
(写真は本郭外側から撮影)

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竪堀として落とされている堀切。

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東面の切岸。
高低差もしっかりと確認できます。

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時間の都合上、北郭は諦めて本郭の南虎口まで引き返し、今度は西側の帯郭へ回り込みます。
写真は本郭から階段状に連なる小郭の切岸と、それを取り巻く帯郭。

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帯郭から見上げる階段状の小郭。

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西側斜面の中腹に築かれていた大手虎口跡。

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発掘調査により、石積の枡形虎口だったことが判明しているそうです。
ここから帯郭を通って南郭や本郭南虎口へと至るルートが、主要な登城路だったのでしょう。

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こういった石列も遺構なのでしょうか・・・?

本当に駆け足になってしまい、見落としも多数ありますが、ひとまずは忘れ物を回収できてよかったです。

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2022年5月 7日 (土)

アサツキの収穫など(家庭菜園2022 ③)

■4月20日

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生垣の根元で再生した捨てネギくん、だいぶ背が伸びてきましたので・・・

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畑Bの脇にスペースを確保し、移植しました。
ここなら成長に合わせて土寄せもできそうです。

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この日は茗荷が芽を出しているのも確認できました。


■4月26日

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私の知らぬ間に初収穫されていたアサツキが、夕餉の食卓に並びました。


■4月29日

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少し前に、昨年収穫した鷹の爪から採った種を植えていたのですが、それらが遂に芽吹きだしました。
とても嬉しいのですが、一つ問題も・・・もう定植させるスペースがありません!(・_・;)
この先順調に育ったら何本かを選抜して、プランターを新たに用意するようです。


◆4月30日

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茗荷が順調に背を伸ばしています。
更なる成長を促し、全体に腐葉土と黒土をブレンドしたものを敷き詰めておきました。

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さすがに、こんな場所に生えているコには敷いてあげられないけど(笑)

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アサツキとパセリもいい感じに茂っていたので・・・

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少し多めに収穫しました。

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アサツキもまだ、もう暫くは楽しませてくれそうです。

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早速、夕飯のメニューに。


■5月4日

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もうじきシーズンも終わるので、アサツキをどんどん食べていきます。

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今回はお吸い物の具材に。


■5月5日

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絹さや・スナップエンドウになかなか花が咲かなくてヤキモキしておりましたが、ついにスナップエンドウの花を初観測しました。
絹さやにも蕾らしきものは出てきているので、もう間もなくかと。

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この日もアサツキを冷奴のお供に。


■5月7日

それでは、ここまでのまとめを。

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畑A

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茄子に一番花が咲きました。

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京みどりにも。
まぁ、これらの一番花は株を育てるために摘んでしまいますが。

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キュウリは既にいくつか花を咲かせておりましたが、それらも同様の理由で摘んでいました。
しかし、もうある程度成長したので、これからは実になっていくのを待ちます。

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ミニトマトも同じく最初のうちは蕾を摘んでいましたが、これからは花を咲かせて実にしていきます。

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畑B
ゴーヤが思いのほかスローですが、気温の関係でこれからグングン成長してくれるものと期待しています。

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前日のスナップエンドウに続き、絹さやにも花が咲きました。

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アサツキにパセリ。
アサツキはそろそろシーズン終了なので、残った葉も全部食していきます。

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鷹の爪
手前の株は元気なのですが、奥の方は葉の色といい数といい、、、少々心配しています。

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行者ニンニク
特に変化は見られませんが、まぁ順調なのでしょう。

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昨年の種から育てている鷹の爪。
さて、順調に成長したらどこで育てましょうか…(;^_^A

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捨てネギくん
葉に怪しい模様が出てしまっています・・・。
掘った穴に土寄せしながら育てているのでわかりづらいですが、背は伸びています。

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茗荷
今年もまずまずの数の芽が出てくれました。

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実は、庭の別の一隅にも。

次回はエンドウや絹さやの収穫報告ができているのではないかと期待しています。

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2022年4月29日 (金)

石田散薬 製造体験

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2022年4月29日、運良く予約が取れたので、土方歳三資料館で開催された石田散薬製造体験会に参加してきました。

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本年10月末を以っての長期休館が決まっている土方歳三資料館。
この機会を逃してはいつまた、土方歳三に関する貴重な史料の数々にお目にかかれるかわからなくなると思い、参加を決めました。
(一般の開館日は混雑するので・・・)

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石田散薬の原料はミゾソバというタデ科の植物で、葉が牛の額(頭?)のような形をしていることから「牛額草」とも呼ばれています。
ミゾソバを採集してから乾燥させ、それを炒って最終的に薬研で粉状(散薬)にしていくまでには長い期間を要します。
従って体験会では予めご用意いただいた原料を用い、最終の薬研で擂る工程を体験させていただきます。

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擂る前の原料(右)と、擂った後のもの(左)。
我ながら結構な仕上がりと自賛(笑)

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最後は専用の包み紙に包んで完成です。
包み紙の折り方もレクチャーしていただきました。

製造体験終了後は、和泉守兼定をはじめとする土方歳三ゆかりの品々や、松平容保から拝領した島田魁の脇差土佐守藤原正宗なども悔いを残さないよう、じっくりと拝観させていただきました。

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この生家の大黒柱も、しばらくは見納めですかね・・・。

見渡す限り、男性参加者は私一人きりで肩身は狭かったですが(笑)、とても貴重な体験をさせていただきました。
ずっと求めていた、石田散薬の顧客リストともいうべき「村順帳」に関する資料も入手でき、大満足です。

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2022年4月24日 (日)

御主殿の発掘成果(R2年度)を拝観

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JR八王子駅南口、サザンスカイタワー八王子3階にある「はちはく」。
2022年6月26日まで、八王子城御主殿の令和2年度発掘成果を企画展示しているとのことでしたので、ちょっと覗いてきました。

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青花坏(右上)をはじめとした食器類や・・・

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永楽通宝・・・

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最近、某歴史番組でも取り上げられた、土製のまきびし(土玉)なども。

1コーナーだけの小さな展示スペースですが、お城好きな方で八王子を訪れる機会があれば、ついでに立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

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月岡芳年展を拝観

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八王子市夢美術館で開催されている最後の浮世絵師 月岡芳年展にお邪魔してきました。

展示作品の総数は150点。
美術や芸術といったジャンルにはてんで疎いので多くは語れませんが;
日本武尊、八幡太郎義家、源頼光、源義経(牛若丸)、武蔵坊弁慶、北条時政、新田義貞、上杉謙信、織田信長、加藤清正、西郷隆盛、etc...

様々な歴史上の人物を題材にした作品も多く、歴史好きな人も楽しめる構成でした。
残念ながら、期待していた伊庭八郎の武者絵はありませんでしたが、個人的に印象に残ったBest3を挙げると・・・

3位
大日本名将鑑 新田左中将義貞
鎌倉を攻める新田義貞が稲村ケ崎で龍神に祈り、海に太刀を投じる伝説の場面を描いた一枚です。

2位
芳年武者无類 弾正少弼上杉謙信入道輝虎
第四次川中島合戦で、武田信玄の本陣を窺う上杉謙信を描いたもの。

1位
月百姿 月下の斥候 斎藤利三
私の中で「斎藤利三といえばこれ!」な1枚でしたので、めぐり会えて幸運でした。

その他、番外編としましては・・・
芳年武者无類 遠藤武者盛遠
遠藤盛遠は後の文覚上人。2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも、市川猿之助さんの快演ですっかりお馴染みになりましたね。
袈裟御前という女性に横恋慕した盛遠が、袈裟御前の夫を殺害しようと、その寝所を狙っている場面を描いた一枚です。
このお話には実は続きがあり、盛遠は誤って袈裟御前を殺害してしまうというオチがつくそうなのですが・・・出家前も無茶苦茶ですな(笑)

美人画などもかなりの点数が展示されており、とても充実したボリューム感でした。
※2022年6月5日まで

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2022年4月21日 (木)

鳥羽山城、二俣城…浜松で史跡めぐり③

浜松史跡めぐりの旅、ラストは鳥羽山城二俣城です。
二俣城は永禄12年(1569)以降、遠江を制した徳川家の配下にありましたが、元亀3年(1572)10月、徳川領へ侵攻した甲斐武田軍の攻撃を受けて落城します。
武田信玄の死後も二俣城の帰趨をめぐり、武田×徳川間の攻防は続きました。
そして、天正3年(1575)5月の長篠設楽原合戦で勝利した家康は、鳥羽山城を拠点に攻勢を強め、同年12月、遂に二俣城は再び徳川家の手に帰しました。

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鳥羽山城図

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鳥羽山城大手門

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本丸

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本丸内の枯山水庭園遺構。

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東門

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東門を抜け、北の丸から二俣城方面を眺める。

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本丸東面(外側)の石垣。

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天正18年(1590)の小田原征伐後に徳川家は関東に移封され、浜松には堀尾氏が入封します。
こうした石垣は(二俣城のものも含め)、その堀尾氏時代に構築されたものと最近では考えられているようです。
或いは、先ほど見た庭園遺構なども同様なのかもしれません。

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図のA部分の堀切。

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続いて二俣城の麓、清瀧寺へ。

※清瀧寺、及び二俣城は2019年に続く再訪になりますので、コチラの記事と重複する部分は省略します。

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松平(徳川)信康の廟所。

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前回訪れた際には見落としていたのですが、廟所へと続く参道の脇には信康に殉じた吉良初之丞、二俣城主も歴任した大久保忠世、三方ヶ原で戦死した中根正照・青木吉継らのお墓(供養塔か)もありました。

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二俣城図

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二の丸、稲荷神社脇の土塁上から蔵屋敷を見下ろす。間には堀跡も。

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先ほど見下ろした、二の丸と蔵屋敷間の堀跡。

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蔵屋敷先端部分の、石垣を伴う土塁。

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案の定、蔵屋敷と南曲輪の間にも堀切がありました。
この先は藪がきつく、陽も落ちてきましたので切り上げます。

実に久しぶりの遠征となりましたが、やはり歴史に触れる旅は楽しいですね。
これからも感染予防を心掛けつつ、少しずつ「歴旅」な日々を取り戻していきたいと思います。

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2022年4月20日 (水)

佐久城、堀川城、気賀関所…浜松で史跡めぐり②

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佐久城は別名「浜名城」ともいい、室町期以降、源頼政の子孫と伝わる浜名氏の居城として築かれましたが、永禄11年(1568)の暮れから開始された徳川家康の遠江侵攻により落城し、以降は天正11年(1583)の廃城まで徳川家の管理下に置かれたようです。

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馬出と南郭間の堀。

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南郭

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馬出
土塁がいい感じに残っています。

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馬出から本郭へ続く土橋。

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馬出と本郭間の堀切(東側)

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土橋西側の堀。
低い土塁のようなものが堀底を横切り、その先が更に一段落ちているように見えます。
往時は今よりも水位が3mほど高かったと推定されているようなので、おそらく、あの一段低い位置まで水が来ていたのではないかと思います。低い土塁のようなものは堰と見ましたが・・・いかがでしょうか。

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本郭側から土橋と馬出・・・美しい。

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本郭は結構な広さがあります。

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土塁の残存状況も良好。

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井戸や建物跡。

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本郭に建つ城址碑。

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本郭から望む猪鼻湖。

冒頭に掲載した見取図には「1500年頃」とありましたが、馬出の形状などは徳川による改修との印象を、個人的には受けました。

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続いて、浜松市北区細江町気賀の堀川城
遺構は残らず、推定地に城址碑が建つのみですが、往時は浜名湖に面した立地だったと考えられています。

堀川城も徳川家康の遠江侵攻によって永禄12年(1569)に落城していますが、立て籠もった気賀周辺の土豪らの抵抗は特に頑強だったらしく、手を焼いた家康は「撫で斬り」を命じたため、最終的に籠城兵らは全滅したと云います。

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城址碑の横には、命を落とした籠城兵らのものと思われる首塚も。。。

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江戸時代、姫街道に設置されていた気賀関所(復元)にも立ち寄りました。

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向番所内の牢屋。

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遠見番所

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遠見番所からの眺め。

浜松史跡めぐりの旅、ラストは鳥羽山城・二俣城へ向かいます。

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