2021年10月18日 (月)

楯の城

今回は東京都青梅市日向和田、JR青梅線の宮ノ平駅近くにある楯の城(館の城とも)へ。
一つ手前の青梅駅近くに車を置き、青梅街道を西へ歩いて向かうことにします。

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青梅宿町年寄、旧稲葉家住宅の前を通過し・・・

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裏宿、「義賊」としての伝説も伝えられる七兵衛が住んでいた場所と云う七兵衛公園前も通過。
(七兵衛は、二俣尾村の名主・谷合家の記録に元文4年(1739)、一味と共に捕らえられ、処刑されたことが残されているので、実在はした人物のようです)

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楯の城の東面を深く削り込むようにして流れる沢。
水面は見えませんが、水の流れる音は聴こえていました。このまま近くを流れる多摩川まで流れ込んでいるようです。

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その沢に架かる橋の欄干に「館」の文字が読めました。
「館橋」というようです。

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青梅街道から見上げる楯の城。
数軒の住宅が建つ辺りも、従来は城域の一部だったようです。

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宮ノ平駅の手前(東)で踏切を渡り、線路沿いの細い路地を少し上ります。
楯の城(の遺構)は、すぐ先に見えている一つ目の階段を左に上がり、山道を少し進んだ先になります。

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楯の城の西面も、こうして深い谷になっていました。
青梅街道や、それと並行する多摩川に向かって駆け下ってきた山からの稜線の先端で、東西を守られるようにして沢と谷に挟まれた占地です。

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山道に入って20mほども歩くと、目印となる赤錆びた看板が出てきます。
ここで山道を外れ、右手の踏み跡に入っていきます。すると・・・

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見事な土塁や空堀が目に飛び込んできました。
奥には土橋も見えています。

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土橋
右手は虎口になっています。

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土橋を渡った虎口の先が、楯の城の主郭部になっていたようです。
今でも削平された痕跡は残っているようでしたが、藪々で詳しくは確認していません…(;^_^A

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土橋上から西側の空堀を見た様子。
しっかりと「折れ」も確認できます。

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反対に東側。
こちらは真っ直ぐ、そのまま先に見た沢まで落とされていたようです。

楯の城は「新編武蔵風土記稿」や「武蔵名勝図絵」などでは、田辺清右衛門なる人物が移り住んで構えた居館跡と伝えられているようです。
この田辺清右衛門、元は甲斐武田家の旧臣で、天正10年(1582)の主家滅亡後、武蔵国に逃れて北条氏照に仕えたことから日向和田の楯の沢に館を構え、移り住んだのだそうです。
そうなると時系列的にも、近くに居並ぶ辛垣城や桝形山城、勝沼城との関連は特に見出せないということになるでしょうか。

清右衛門の墓所は青梅市天ケ瀬の金剛寺にあり、墓誌によると明暦4年(1658)に72歳で没したようです。
金剛寺には彼の肖像画も伝えられているようですが、非公開とのことです。

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楯の城からの移築と伝わる明白院の山門。
北条家の滅亡後、田辺氏は徳川家に仕えました。
こちらの山門は、清右衛門の孫の代の時に移築されたものと伝えられているようです。

楯の城、個人的には青梅街道を押さえる番所のようなイメージを抱いていましたが、少々意外な歴史を知ることになりました。

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2021年10月 4日 (月)

古河城・古河公方鴻巣館

緊急事態宣言も開けた10月最初の週末、久しぶりに愛車とのドライブも兼ねて茨城県古河市へ。

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今回は、街中に残る古河城の痕跡をめぐります。

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まずは古河歴史博物館で古河の歴史を簡単に学び、博物館の建つ諏訪郭跡から散策スタート。

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諏訪郭の南東隅から東面にかけての土塁。
いい感じで残されています。

先の図面でもおわかりのように、古河城は渡良瀬川の河畔に曲輪を南北に連ねた連郭式の城郭でしたが、この諏訪郭だけは東に突出した出城、広い意味では馬出的な存在だったようです。

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同じ南東隅部の土塁を外側の堀底から。

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福法寺の山門として残る乾門
元々は二ノ丸、将軍御成のための御殿前に建っていたそうです。

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古河城の文庫蔵の移築と伝わる坂長本店の店蔵と、乾蔵の移築と云う袖蔵。

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街中には、雪の結晶の研究で知られる土井利位の雪華模様をあしらった鉄柵も。

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日光街道古河宿の道標。
左 日光道
右 江戸道
古河城は江戸時代、日光東照宮へ社参する徳川将軍の宿泊地でもありました。
(岩槻→古河→宇都宮)

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城下町を通過する旧日光街道。

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素敵なクランクですねぇ~♪
このまま日光街道を少し西へ進んで・・・

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古河藩主・土井家(1633~1681、1762~)の菩提寺、正定寺へ。
こちらの山門は、土井家の江戸下屋敷(本郷)から移築されたものだそうです。

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土井家歴代の墓所にもお詣り。

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正定寺近く、この不思議な分岐をする路地の辺りが・・・

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古河城追手(大手)門跡。

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追手門跡から西へ、頼政神社に残る観音寺郭北面の土塁。
この上には頼政神社が鎮座していますが、残念ながら石段の崩落か何かで境内は立入禁止になっていました。

頼政神社は元禄9年(1696)、時の藩主・松平(大河内)信輝が城内に大河内氏の祖先にあたる源三位頼政の廟所があることを知り、これを神社として整備して祀ったのが始まりと伝えられています(他説あり)。
元々は城域南端の立崎郭に祀られていましたが、明治末期からの渡良瀬川改修工事で立崎郭が消滅することとなり、現在地に移されました。

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渡良瀬川と城を直接繋いでいたであろう、船渡門跡。
河川改修後に築かれた大きな堤防に遮られ、現在では川を直接見ることは叶いません。

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丸ノ内北西に位置する桜門跡。

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桜門跡碑の前の道が半円状にカーブしていたので、私は始め「馬出(の痕跡)か?」とも思いましたが、どうやらそうではなく、門の脇に掘られていた堀のラインを示す痕跡なのかもしれません。

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古河城跡の見所の一つ、獅子ヶ崎土塁

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獅子ヶ崎土塁の往時の位置関係はこのようになります。

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獅子ヶ崎土塁の北側。

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獅子ヶ崎土塁の向かいには重臣屋敷長屋門。

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獅子ヶ崎土塁前、御成門跡から諏訪郭方向へと真っ直ぐに続く御成道
日光社参の途次に古河へ到着した徳川将軍は、この御成道を通って御成門から丸ノ内に入り、三ノ丸を経由して二ノ丸の御殿に宿泊したと云います。
その為、古河城には珍しく、御成門には石垣も積まれていたそうです。

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渡良瀬川の堤防上に建つ本丸跡の碑。

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本丸や三ノ丸を左右に横切っている黒い線が、明治末期からの河川改修で築かれた堤防や道路で、その上は河川敷や川の流域に変貌してしまいました。

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御三階櫓が建っていたであろう地点を眺める・・・も、もはや往時を偲ぶよすがもありません。

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こうした威容を見てみたかったという思いはありますが、こればかりは致し方ありませんね。

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古河公方・足利成氏が城(御所)の鬼門守護のため、鎌倉の長谷寺から勧請したのが始まりとされる長谷観音にもお詣り。

そう、古河といえば古河公方
ということで・・・

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古河公方鴻巣館跡(古河公方公園)へ。
古河公方鴻巣館(鴻巣御所)は、御所沼と呼ばれる沼地に突き出た小高い舌状の台地上に築かれていました。

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その台地の縁部分(北側)。なんとなく切岸になっているようにも見えました。

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台地上には、江戸期の古民家も移築されています。

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古河公方館址
享徳4年(康正元年/1455)に鎌倉を放棄して古河に移った足利成氏は、この地に館を構え、2年後には整備を終えた古河城へ移りました。
しかし鴻巣館は成氏以降も、政氏・高基・晴氏・義氏と代を重ね、最終的には義氏の娘・氏姫の居館として江戸時代初期まで、約150年もの長きに渡って存続していたそうです。

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石碑の奥には堀切のような痕跡も。

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堀切を渡る土橋・・・か?

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図を見る限り、台地の先端方向にもう少し遺構がありそうな感じでしたが、下草にも阻まれてこれといったものは確認できませんでした。
しかし、現代に伝えられる古河城の痕跡が近世の改修・拡張を経て足利氏時代の面影を失っている中で、鴻巣館跡の遺構は貴重な「古河御所遺跡」といえるかもしれません。

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台地の先端方向から振り返る鴻巣館跡と御所沼。

さて、今回の古河めぐりはこの辺で終了です。
本当に久しぶりな史跡めぐり。ドライブも合わせて、とてもいい気分転換になりました。

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2021年10月 2日 (土)

粘る京野菜(家庭菜園2021⑦)

■9月7日

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数日前から「色味が少し黄色がかっているなぁ…」と思っていましたが、気がつくとオクラの小さな実がいくつも地面に落ちていました。

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新しい葉がどんどん細くなっているし、あまり調子は良くなさそう。
栄養不足か、日照や気温なのか・・・?


■9月11~12日

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この週末、もはやマトモな実をつけることもなくなった茄子を撤去しました。
気温が落ち着いてきたので、芽キャベツは断熱シートを外し、鳥除け用のネットを設置しました。

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畑Bの茄子も撤去。

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この日はオクラの花が2つ、綺麗に咲いていました。
また新たな実もつけているので、この後順調に収穫できることを祈ります。

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プランター栽培のゴーヤ。
ゴーヤ・カーテンは望むべくもありませんが、チラホラと実はつけてくれています。
しっかりと苦みもきいて、味もGood。

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9月11日の収穫・・・緑ばっかり(笑)
京みどりは、まだ収穫が続きそうです。

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こちらは9月12日の収穫。
鷹の爪の第3弾に、残り少なくなってきた伏見長トウガラシを少々。

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鷹の爪といえば・・・ひと月余り乾燥させた第1弾の収穫を使って、一味唐辛子を作りました。
手でヘタと種を取り除き、あとはミルにかけるだけ。

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昨年よりも入念に乾燥させたので、出来栄えもいい感じです。


■9月15日

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この日はゴーヤに京みどり、万願寺&伏見長トウガラシ、そして残っていた鷹の爪の実を青唐辛子の状態で収穫しました。

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先に収穫していた赤い鷹の爪とニンニクで、唐辛子オリーブオイルを作り・・・

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青唐辛子はみじん切りにして、味噌・めんつゆ・煎り&すり胡麻・砂糖を混ぜ合わせたものと一緒に、胡麻油でさっと炒めて・・・

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激辛のご飯のお供、青唐辛子味噌にしてみました。
先日作った一味唐辛子と合わせ、自家製唐辛子レシピ3種の揃い踏みです。

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早速、夕飯で味見・・・適当に作った割には味のバランスが絶妙で、家族からも好評でした。


■9月18日

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台風14号が近づく中、念のために大きく育っている方の芽キャベツにも支柱を設置しました。


■9月19~22日

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オクラが毎日2~3本ずつ、コンスタントに収穫できるようになってきました。

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こうして順々に実をつけてくれているので、しばらくは楽しめそうです。

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9月21日も。
この日はまだ小さいのに、なぜか真っ赤に熟していた京みどりも収穫しました。

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9月22日は再び3本。

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ところで、芽キャベツの葉に心配な症状が現れました・・・。
部分的とはいえ、新しい葉が結構な頻度で枯れてしまっています。

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暑さ(季節外れの最高気温30度前後)によるものではないかとも推測しているのですが、病原菌によるものの可能性も拭えず、とりあえず枯れた部分を除去しました。
治まるといいのですが・・・。


■9月23日

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しばらくぶりに形のいいゴーヤが採れました。
真っ赤に完熟した京みどりも2つ目です。
お隣が植えて、我が家の庭にも勝手に自生している山芋の“むかご”と一緒に。


■9月24日

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オクラが4本同時に採れました。

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日々、1~2個ずつは花を咲かせてくれています。
(9月25日撮影)


■9月26日

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京みどりは最近アオムシ系の食害が目立っているので、まだ少し小さいのですが早めに収穫しました。
万願寺&伏見長トウガラシも頑張ってくれています。


■10月2日

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早いもので、今年も神無月を迎えてしまいました。
1週間放っておいたので、京みどり・万願寺トウガラシがいいサイズに育っていました。

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畑A
京みどりや万願寺&伏見長トウガラシがまだまだ頑張ってくれていますが、これからは一番手前の芽キャベツの成長が楽しみ。心配していた葉が枯れる現象も、一時的なもので済んだようです。
鷹の爪もまだ粘り強く、新しい実をつけています。

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畑Bのオクラ。
葉が痩せてしまっているので何とも言えませんが、日々コンスタントに花を咲かせ、実をつけてくれています。

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プランターのゴーヤは、徐々に葉が枯れてきてしまいました。
時期的にもそろそろ終わりのようです。

足元に空のプランターが置いてありますが、昨年から栽培していたミントが植わっていたものです。
手がかからず楽に栽培できたのですが、我が家に需要がなく、殆ど活用できていなかったので今年で終えることにしました。
空いたプランターで、来年は何か別のものを栽培してみようと思います。

さて、次回はどんなご報告ができるでしょうか。

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2021年8月28日 (土)

2年目のジンクス…!?(家庭菜園2021⑥)

■8月4日

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今年もこれまで、70本を超える収穫を数えてきたキュウリ。
ところが、ここに来て何らかの病気に罹ってしまったようで、このように葉がどんどん変色して枯れてしまう現象が起きています。
初期段階に悩まされたうどん粉病とも違う症状のようです。
その為か、最近は採れる実も色艶・形の悪いものばかりになってきました。。。


■8月8日

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とうとう、京みどり(ピーマン)にも恐れていた事態が・・・虫の食害に遭い、しっかりと穴を開けられています・・・。


■8月9日

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畑Bのオクラと茄子。
既に一番手前に見えていますが・・・

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ついにオクラの一番花が咲きました。
オクラの花は咲いたその日のうちに落ち、そこから顔を出した実が徐々に大きく育っていきます。
初収穫も近づいてきました。

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畑Bの茄子は陽当たりも良く、苗の生育状態はいいのですが・・・なかなか実をつけません。
そうこうしているうちに最近は、先端付近の新しい葉が最初から変色して枯れたような状態になっていることに気づきました。
そういえば、畑Bは昨年も茄子が育ちませんでした・・・土が合わないのかなぁ?


■8月10日

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一晩中続いた強風の影響で、ゴーヤのネットを吊るした紐が切れてしまいました(写真右端)。

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すぐに吊るし直し、更に紐の本数を倍にして今後に備えました。


■8月11日

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キュウリの葉枯れが一層、進行してしまいました。
つるの先端付近にまで及び、もはや手遅れ状態です。。。

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花も咲いていないので、この日に収穫したこの不格好な1本(76号)が、今年の最後のキュウリになるかもしれません。

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ミニトマト(イエローアイコ&純あま)も殆ど枯れ、新たな実をつけることはなさそうです。
こちらも終わりが近そう。。。

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残された貴重な実も、結構な確率で食害に遭っています。

昨年は、キュウリは9月下旬まで頑張って100本以上収穫させてくれたし、ミニトマトも株自体は10月に入っても元気にしていたのですが・・・。


■8月12日

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雨や水やりによる土の流失が激しいので、土留めの仕切りを設置してみました。

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畑Bも。

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先日、一番花が咲いていたオクラはその後、実が順調に大きくなってきています。
左上は、まだ花が咲く前の蕾です。

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鷹の爪も随分といい具合に色づいてきましたので、第一弾の収穫をすることにしました。

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鷹の爪の収穫、第一弾。

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しっかりと乾燥させていきます。

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ちなみに、この日のその他の収穫はこちら。
それぞれの株も古くなり、数も大きさもだんだんと寂しくなってきました。
一つだけ見えるミョウガは、いつもの場所ではなく・・・

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お隣さんの畑から地下茎が伸び、庭の片隅に“勝手に”生えているあちらから採れました。


■8月18日

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オクラも初収穫を迎えました。
今のところ、3株のうちの1つにしか花が咲かない現象が起きているけど、なんとか全てから収穫できるようになるといいな。


■8月21日

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キュウリもミニトマトもすっかり枯れ果ててしまいましたので・・・この日で撤去することにしました。
今年のキュウリは結局、76本で打ち止めです。

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残ったミニトマトの実で、食べられそうなものは採りきりました。
その他はゴーヤ・京みどり・万願寺&伏見甘長トウガラシ・ミョウガです。
ミョウガもおそらくはこれがラスト、伏見長トウガラシも終了が近いように思います。

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撤去後は、新たに芽キャベツ(2種)を植えてみました。

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まだ時期的に少し気温が高いので、日除けシートを設置。
去年栽培したブロッコリーは、冬場になると鳥に葉を食い荒らされたので、今年は鳥対策も講じないと。


■8月28日

早いもので、8月も最後の週末となりました。

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いまいち調子の上がらなかったキュウリ、ミニトマトが去り、跡地に芽キャベツを迎えた畑A。
京みどり、万願寺トウガラシが好調ですが、間に挟まれた茄子はそろそろ限界か・・・。
伏見長トウガラシも実をつけなくなってきました。

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ここ最近の収穫は専ら、京みどり&万願寺トウガラシが中心。
ミョウガは、また庭の片隅に自生している方から。
この日は鷹の爪の第2弾も収穫しました。

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じっくりと天日で乾燥。

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今後は芽キャベツの成長を楽しみに見ていきたいと思います。

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畑B
オクラはまぁ順調なのですが、茄子がからっきし実をつけてくれませんでした。
早めに見切りをつけて、何か違うものを栽培しようかな~と検討中。

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プランター植えのゴーヤは相変わらず・・・。
なんとかポツリポツリと収穫は続いています。

今年はキュウリ・ミニトマト・茄子という、夏野菜の王道が揃って不調に終わりました(茄子はまだ残っているけど)。
原因については何となく見当はついているので、来年はしっかり対策を講じたいと思います。

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2021年7月31日 (土)

梅雨明け(家庭菜園2021⑤)

今回は、梅雨の明けた7月の野菜たちの様子を簡単にご報告。


■7月7日

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ちょっと油断して、大きくし過ぎてしまったキュウリ。
キュウリ棚?の下を潜ると、時々頭をぶつけます(笑)


■7月10日

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今年は京みどりや万願寺トウガラシが好調です。
ゴーヤは、これでようやくの4本目。
ミョウガも香りが良くて美味しいですよ。

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この日の夕飯。
さっそく採れたてのゴーヤ・京みどり・万願寺トウガラシ・茄子を美味しくいただきました。


■7月20日

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せっかくの茄子が何者かにかじられていました。
去年には見られなかった現象です。


■7月22日

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茄子やキュウリ、鷹の爪の傷んでしまった実を摘除。
ミニトマトには、昨年同様の食害が出ています。

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この日の収穫。
先月の記事で書きましたが、イエローアイコの株に元気がないため、ミニトマトは赤い純あまの方しか採れなくなってきました。


■7月31日

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7月最終日の収穫。
この日は万願寺トウガラシと京みどりが大豊作でした。
しばらく放っておいたので、サイズもでかい!

しばらく鳴りを潜めていたイエローアイコも、またポツポツと色づき始めてくれました。
茄子は畑Bに植えた新しい株からの収穫です。
キュウリはこれで68本目を数えますが、最近はちょっと奇形も混じるようになってきました。

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畑A
キュウリは根元の方の葉が殆ど枯れてなくなってしまいました。
ミニトマト、茄子もちょっと元気がないかなぁ。

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鷹の爪は、下の方の実から徐々に赤くなってきています。

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プランター栽培のゴーヤ。
やはりカーテンには程遠い生育状況。プランターでは厳しいか・・・。
本当は地植えにしたかったのですが、猫の額ほどの庭ではスペースも確保できません。

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チラホラと実はつけていますが、これらも全て人工授粉によるもの。
生育が芳しくないので花も少なく、その影響かなかなか自然には受粉してくれません。

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畑B
こちらの茄子は順調に育っています。
オクラも昨年の品種に比べるとスローペースですが、それでも日々逞しくなってきています。

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殆ど手を加えなくても元気なミント(笑)

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一時は集中的に収穫できたミョウガも、ここ2週間ほどはさっぱり。
そろそろシーズン終了かな。

それでは、また来月。

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2021年7月10日 (土)

九十九髪茄子を拝観

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東京、丸の内の三菱一号館美術館へ。

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当館では2021年6月31日~9月12日まで、三菱創業150周年を記念した特別展、三菱の至宝展が開催されています。
本特別展に於いて、織田信長も所持していたと云う九十九髪茄子(付藻茄子)が出展されていることを知り、いてもたってもいられずに駆けつけました。

当初、本特別展は2020年に予定されていたものの、新型コロナウィルス感染症の影響で1年間の延期となっていました。従って、私にとっても1年越しの念願となっていたのです。
初対面への期待に胸を膨らませつつ、いざ入館してみると、目的の九十九髪茄子は最初のコーナーに展示されており、いとも呆気ない念願成就となりました(笑)

戦国時代終盤、松永久秀から織田信長へ献上され、更には豊臣秀吉や徳川家康らの手を経て現在に伝えられた九十九髪茄子。本能寺の変にも遭遇し、大坂夏の陣で壊れてしまったものを拾い出され、漆で修繕されたのだとか。。。
大きさは女性の拳くらいでしたでしょうか。時の流れの重みも感じさせる美しい立ち姿でした。
※九十九髪茄子は8月9日まで、前期のみの展示となります。

さて、他にも素晴らしい展示品が目白押しでしたが、中でも目玉は曜変天目になりますでしょうか。
展示されている静嘉堂文庫美術館所蔵の本品は、徳川家から春日局、淀藩稲葉家へと伝えられたようです。
曜変天目の完品は世界中でも三碗しかなく、その全てが日本で所蔵されているのだそうです。

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館内には、こんな撮影用のプレートも。
フラッシュを焚いて撮影すると、何の変哲もない無地のプレートに曜変天目の模様が浮かび上がるというものでした。

その他で個人的に印象に残っているものといえば、やはり;
太刀 銘 高綱
ですね。
武田家追討の功により、滝川一益が織田信長より拝領したと伝わることから「滝川高綱」とも号されています。


三菱を創業した岩崎家四代による収蔵品の数々。
そのバリエーションは多岐に渡っており、とてもご紹介しきれるものではありません。
(中には、かのマリー・アントワネットが旧蔵したと云う「イエズス会士書簡集」なども)

ご興味をお持ちの方は、未だ感染症の収束を見ない昨今の状況もありますので、公式サイトで開館情報などを事前にご確認の上、訪れてみてください。

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2021年7月 4日 (日)

初収穫を迎えた野菜たちの様子(家庭菜園2021④)

■6月8日

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この日は茄子の初収穫を迎えました。
しかし今年の茄子は、3株中2株の生育が芳しくなく、ちょっと心配です。


■6月10日

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ミニトマトのイエローアイコも初収穫。

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今年は京みどりが好調です。

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収穫したその夜に、肉詰め?にして美味しくいただきました。


■6月12日

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早生タイプの枝豆がいい感じに仕上がってきたので、、、

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収穫することにしました。

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採れた量はこのくらい。

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枝豆は鮮度が落ちるのが早いので、収穫後すぐに茹でてビールのおつまみに。

※この1週間後には早生ではない方の枝豆も収穫しましたが、莢はあまりついていませんでした。
去年も1度目の枝豆がやはり莢が増えませんでしたが、植えるタイミングが少し早かったのかもしれません。
しかし、味や香りは極上です。


■6月13日

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ミニトマトの純あまも、いよいよ色づいてきました。


■6月15日

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純あまを初収穫。
今年もキュウリは好調な滑り出しです。


■6月18日

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育てている野菜に緑のものが多いのですが、ミニトマトが入ると彩が映えますね。


■6月19日

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紐を雨樋の金具に括り付け、大きく伸びてきたキュウリの対策を施しました。


■6月21日

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人工授粉の成果か、少し寸詰まりながらも大きく育ってきたゴーヤの1号。

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しばらく様子を見ていましたが、これ以上長く伸びることはなさそうでしたので収穫しました。

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スライスして生のままサラダに。
爽やかな苦みがとても美味でした。ちなみにイエローアイコもおひたしのスナックエンドウも勿論、自家製です。


■6月22日

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この日の収穫。
相変わらず京みどりや万願寺&伏見長トウガラシが好調です。


■6月23日

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プランター栽培の宿命か、ゴーヤの葉が根元の方から黄色く変色して枯れてしまう現象が起きています。
水やりの徹底と、専用の肥料を購入して様子見します。

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こちらは、だいぶ葉が茂ってきたミョウガ。
よ~く根元を観察してみると・・・

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ついに芽が土から顔を出しているのを発見!

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初収穫は2個でした。
ミョウガの収穫は、タケノコ探しみたいでちょっと楽しいです。


■6月26日

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この日はいい茄子が採れました。
キュウリも真っ直ぐ伸びてくれましたね。
スナック&莢のエンドウズはこれが最後の収穫となります。

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さて、そのエンドウズ。
5㎝ほどの小さな苗を植えてから3ヶ月少々、思いの外たくさん食卓を彩って楽しませてくれましたが、すっかり枯れてきてしまいましたので、これを撤去して新しい苗を植えることにします。

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先日収穫を終えた枝豆やエンドウズが植わっていた畑B。
まずは黒土や腐葉土を追加し、土の栄養を補充します。

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新たに迎えたのはオクラ(奥)に茄子(手前)。
茄子は畑Aでなかなか調子が上がらないので、その追加措置で。たくさん採れるようになるといいですね。
オクラは去年、2mを超える高さにまで成長しましたが、今年はどうでしょうか・・・?種類は去年のものとは違いますが。

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ゴーヤは親づるがネット最上部にまで達したので、摘芯しました。
あとは子づるを伸ばして、うまくカーテンになってくれるといいのですが。←その前に収穫の心配が先w


■6月30日

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日々順調な収穫が続いておりますが・・・少々心配な事態も。

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ミニトマトで、手前に植えているイエローアイコが奥の純あまの勢いに押されたのか、成長が止まってしまっています。

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葉も枯れだし、茎の色もよくありません。
これはもう、ちょっと苦しいかもしれません。

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この日は茗荷もいくつか収穫できました。


■7月3日

さて、7月に入ったので今月のまとめを。

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畑B
新顔たちは今のところ、順調に成長してくれているようです。
茄子は早くも花の蕾をつけ始めています。

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畑A
こちらではイエローアイコに続き、キュウリにも心配な兆候が・・・。

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2株のうち写真右の株だけ、やたらと葉が枯れてしまうのです。
完全に枯れた葉を除去した後でも、まだこれだけ黄色い葉が目立っています。

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そして、つるの先端も明らかに手前の株に比べて伸びが遅いというか、10日ほど前から止まってしまっているようにも感じます。
なお、キュウリの収穫はこの日までに35本を数えています。

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畑Aの茄子も相変わらず低調で、唯一、フェンス際の1株だけはこうして頑張ってくれています。

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梅雨空の続く日々、畑Aには謎のキノコが繁殖するようになってしまいました。
気づく度に除去しています。

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プランター栽培のゴーヤ。
専用の肥料が功を奏したのか、葉が黄色く枯れる現象は抑えられているようにも見えます。
しかし、雄花ばかりでなかなか雌花が咲いてくれないため、、、

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雌花を発見する都度、雄花を取って受粉させています。
収穫間近のこちらの実や・・・

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あちらの2つは人工授粉させたお陰で育ちつつありますが、他に雌花が咲いていないため、なかなか以降の収穫のめどはたちません。

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ミョウガの森。

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この日も芽が顔を出していました。

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この日のミョウガの収穫。
これらはみそ汁の具としていただきましたが、香りがとても爽やかで美味でした。

それではまた1ヶ月後に。

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2021年6月14日 (月)

玉川上水の始点…羽村取水堰

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羽村取水堰が描かれた、羽村市のデザイン・マンホール。

江戸の水不足を解消するため、幕府の肝煎りで承応3年(1654)に完成した玉川上水
現在でもその一部は現役で東京都水道局の施設として稼働していますが、その取水地点こそ、この羽村取水堰なのです。

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前回の記事でご紹介した旧鎌倉街道歩きの後、取水堰への道すがらに見かけた「羽村橋の欅」
樹齢は400年とも600年とも推定される、見事な巨木です。

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玉川上水の開削工事を請け負い、その功績によって「玉川」姓を許された玉川兄弟の像。
あれ…兄弟の足元に何かいる?と、後ろへ回り込んでみたら・・・

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あら、こんにちは(笑)

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展示されていた牛枠(川倉水制)
水の流れを弱め、堤防が壊れたりするのを防ぐ目的で用いられてきた治水技術の一つです。

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現在の取水堰や水門の位置関係図。
取水堰で多摩川の水を堰き止め、その脇の第一水門から水を引き入れて玉川上水へ流す、という仕組みになっています。

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取水堰
支柱の間に桁を渡し、投渡木(なぎ)という横に架ける板材を縦の木材で支えて水を堰き止める仕組みで、その構造は「投渡堰」と呼ばれています。
大水の時は縦の木材を取り払い、投渡木ごと川に流してしまうのだそうです。

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玉川上水側から見た第一水門(右奥の白っぽい壁面部分)
ここから取り込まれた水が、遠く江戸の町まで流れて行くのです。
第一水門手前の小さなアーチが並ぶ部分は、上水の水量を調節するための放流口です。
江戸時代には、この水門も木材で築かれていました。羽村市郷土博物館に実寸大で復元された展示があります。

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玉川上水の総延長は、羽村から江戸の入り口となる四谷大木戸まで約43㎞。
その間の高低差は92m強なので、上水は100mにつき僅か21㎝の傾斜をつけて開削されていきました。
上水の開削に要した期間は8ヶ月ほど(堰や水門の構築は別)とのことなのですが、重機もない時代にこれだけ繊細で、且つ大掛かりな工事をたったの8ヶ月で完成させるとは・・・ちょっと想像もつきません。

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羽村取水堰と第一水門
多摩川の流れが、上の写真で堰の奥に見える小山にぶつかって左(写真向かって右)へ折れ、少し緩やかになる地点だったからこそ、この地が取水ポイントに選ばれたのだそうです。

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上流側から。
堰(右)で多摩川の水を堰き止め、水門から取り込んで左奥へ続く玉川上水へ流す・・・その仕組みがよくわかる配置でした。

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玉川水神社
玉川上水が承応3年(1654)に完成した際、水神宮としてこの地に創建されました。
明治26年に玉川水神社と名を改められています。
石燈籠には天保年間の刻印がありましたが、本殿も天保年間の創建なのだそうです。

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多摩川水神社境内に保存されている、玉川上水羽村陣屋門。
元は堰のすぐ脇を通っていた奥多摩街道の旧道に面して建っていたそうです。

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最後は郷土博物館にも立ち寄り。
先ほども書きましたが、江戸期の木造の水門や、明治以降の水門の実寸大展示が見応えあります。

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郷土博物館の敷地内に移築展示されている、旧下田家住宅。
弘化4年(1847)の建築で、国の重要有形民俗文化財に指定されています。

以前から折に触れ、玉川上水をピンポイントでめぐったりしていましたので、羽村取水堰もずっと気にはなっていました。
どうしても織田信長、戊辰戦争関連やお城、地方の史跡めぐりを優先して後回しになっていましたが、コロナ禍は遠方への外出を著しく制限し、それが期せずして地元周辺の史跡に目を向け直すきっかけにはなりました。

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羽村駅前に残る旧鎌倉街道

今回は東京都羽村市までおでかけ。
目的は玉川上水の始点となる羽村取水堰でしたが、事前にあれこれ調べているうち、羽村駅前に旧鎌倉街道と推定される道が残っていることを知り、取水堰へ向かう道すがら、そのルートを辿ってみることにしました。
と、その前に・・・

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羽村駅東口近くにある「まいまいず井戸」
いつの時代に作られたのかは諸説あるようですが、井戸の形態などから鎌倉時代のものと推定されています。
作井技術が未熟な時代に、筒状に深く掘り下げることが難しい砂礫層に井戸を設ける必要から、ある程度の深さまではすり鉢状に掘り下げ、螺旋状に通路を設けて井戸まで下りて使用していたようです。
この形状がカタツムリに似ていることから、まいまいず(=カタツムリ)井戸と呼ばれています。

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私も螺旋状の通路を下りて近づいてみましたが、井戸の底は見えませんでした。

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駅の西口側へ移動し、旧青梅街道(左)と旧鎌倉街道(右)が交錯する地点。

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旧鎌倉街道の案内標識も建っていました。

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今でこそ住宅街の細い路地といった風情ですが、どことなく古道の雰囲気は感じさせます。

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都道29号線を跨ぐ旧鎌倉街道(立体歩道橋の右脇)
あちらの歩道橋の上から旧街道を見てみることにします。

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この地点まで歩いてきた北西の方角に・・・

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この後に向かう南東方向。

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しばらく進むと旧鎌倉街道は、正面に見える羽村東小学校に遮断されて消滅します。
実際には小学校の校庭を横切って遠江坂を下り、多摩川を渡って滝山(八王子市)の方まで南下し、更には鎌倉街道上道へと続いていた模様です。
※滝山近辺の旧鎌倉街道についてはコチラ、上道に関してはコチラの記事も合わせてご参照ください。

なお遠江坂は、永禄6年(1563)に滝山城主の北条氏照が三田氏を滅ぼした後、その家臣である大石遠江守がこの地に入り、坂の上(羽村東小学校付近)に館を置いたことから、その名で呼ばれるようになったのだとか。

さて、私も小学校を迂回して遠江坂(写真撮り忘れ…)を下り、羽村取水堰へ向かいます。
(次の記事へ)

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2021年6月 8日 (火)

払沢の滝

2021年6月8日、平日に休暇をもらって、東京都檜原村にある払沢の滝までドライブしてきました。

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駐車場に車を停めて遊歩道を進みます。
途中、こんな不思議な建物も。

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遊歩道はとてもよく整備されており、この季節は軽装でも充分に森林浴を楽しめます。

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遊歩道の脇には、払沢の滝へと続く沢が流れていました。

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この日は今年初の30度超えとなって暑くなりましたが、沢の流れが涼やかでとても癒されました。

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歩き始めてから10分ほど・・・いよいよ見えてきました。

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東京都内では唯一、日本の滝百選に選ばれている払沢の滝

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滝壺に陽射しが当たり、それがまた何とも言えず綺麗でした。
この滝壺には大蛇が棲むとの伝説も語り継がれてきたそうです。

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滝の水の流れ落ちる様子が、僧侶が使用する払子が垂れたように見えることから、かつては「払子の滝」とも呼ばれていました。

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アングルを変えて・・・。

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うん、とてもいい気分転換になりました。

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往路では気づかなかったのですが、遊歩道の入口付近に「山男のガチャ」なるものが設置されていました。
檜原村で伐採された木材を使った小さな雑貨や玩具が入っているようです。

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「500円は高いかなぁ~」なんて思いながらも・・・買ってしまいました(笑)
ゲットしたのはサイコロ型のバードコール。木材がまだ真新しく、木の香りがとても爽やかに香っていました。

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