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2012年9月

2012年9月30日 (日)

鎌倉(朝夷奈切通)散策

9月29日、7月の高尾山に続く第2弾として企画された「職場の仲間で歩こう会」、今回は古都・鎌倉です。
お隣の県だし、これだけの史跡が集まった観光地なのに、考えてみたら8年くらい前にぶらっとドライブの帰りに鶴岡八幡宮に立ち寄ったことがあるだけ。時間の都合で1日で回れる範囲にも限界があるが、とても楽しみ。
一緒に歩くメンバーに若干?風情も情緒も欠落しているが(笑)、まぁそれは仕方がない。

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午前11時、鎌倉駅(西口)に集合、ここからウォーキングスタート。
まずは「大仏さん」で有名な高徳院を目指します。駅からは徒歩でおよそ20分。ここ数日の涼しさが嘘のような厳しい暑さが誤算ではあったが、人影まばらな住宅街などをてくてくと抜けていく。

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鎌倉大仏(国宝)
先々週の高岡大仏(富山県)といい、なんだか思いがけず大仏づいてるなぁ…(笑) 昨年11月には東大寺にも行ってるし、ここ1年以内で三大仏クリア!

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その大仏さんの中…意外とちゃっちい?(失礼!)頭も空洞になってますね。
高徳院参拝券200円、大仏さんの中20円(2012年9月現在)

さて、大仏さんに別れを告げた後はすぐ近くの蕎麦屋で早めの昼食。既にたくさん汗もかいたし、真昼間から飲むビールがもう…幸せ♪
昼食後はほんの数百メートル先の「長谷寺」へ。

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長谷寺境内、経蔵。
竹林の風情が涼しげでいいねぇ。

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長谷寺から由比ヶ浜。
晴れた空に海が映えるね!

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割とこじんまりとした印象だけどその分、観光客も少なめで落ち着けた。

さて、この後は長谷駅から鎌倉駅に電車で戻ります。車で横を走ったことは何度もあるが、これが人生初の江ノ電乗車!

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またレトロな車両が来たね~

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最後部から反対側の運転席をパシャ。すぐ右側は民家の塀。。。これぞ江ノ電!(笑)

鎌倉駅に戻ったところで駅前に立っていた観光ボランティアのおじさん達から少し情報収集。路線バスの経路も確認して、再び次なる目的地へ向けて歩き出す。

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小町通りはご覧の混雑。

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普通、鎌倉へ来たら必ず立ち寄るであろう、鶴岡八幡宮も今回は門前で華麗にスルー♪

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そしてこの先に…

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源頼朝公のお墓。鬱蒼と生い茂る小山の中腹に静かに眠ります。
いつだったか、このお墓が頭のイカレた暴漢に壊された、というニュースを耳にした記憶があるが、して見るとあの先端の白い部分、あそこが修復痕だろうか。。。

頼朝様へのご挨拶も住んだところでバス停(最寄りのバス停は「岐れ道」)へ 。
ここからは鎌倉の東の外れ、十二所神社近くまでバスで進む。いよいよ今回のメイン・ターゲット「朝夷奈切通」です!


■「国史跡 朝夷奈切通(あさいなきりどうし)」
(以下、現地解説板より)

鎌倉幕府は、仁治元年(1240)六浦津との重要交通路として、路改修を議定、翌年4月から工事にかかりました。執権北条泰時自らが監督し、自分の乗馬に土石を運ばせて工事を急がせたといいます。
当時の六浦は、塩の産地であり、安房・上総・下総等の関東地方をはじめ、海外(唐)からの物資集散の港でした。舟で運ばれた各地の物資は、この切通を越えて鎌倉に入り、六浦港の政治的・経済的価値は倍増しました。
また、鎌倉防衛上必要な防禦施設として、路の左右に平場や切岸の跡とみられるものがのこされています。
鎌倉市境の南側には、熊野神社がありますが、これは鎌倉の艮(鬼門)の守りとしてまつられたと伝えられています。
鎌倉七口の中、最も高く嶮岨な路です。
(社団法人 横浜国際観光協会、横浜市教育委員会文化財課)
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それでは早速♪

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鎌倉側から歩き始めてすぐ、太刀洗水。
こういう伝承が伝わっていること自体、ここで大きな戦闘があったことを物語る。

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路の左右には、こんな道祖神(お地蔵さん?)がいくつも置かれています。

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山城の堀切に当て嵌めて考えると…もの凄い規模だよな(笑)

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切岸。凄い。。。壁面には仏像らしき姿も彫られています(左端)。

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これが前述の案内板にあった鎌倉の艮の守り、熊野神社。

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まさに「切通」。。。いや、もう凄いとしか表現できない。
ところで、これらの土砂は一体どこへ行ったのだろうか・・・?今度調べてみよう。

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あちゃー、切通の真上に高速道路(横浜横須賀道)が…。

切通を抜けて車道に出ると、ちょうどバスが通りかかる。が、横断歩道の信号が青になってくれない!道路の反対側から合図を送ったので、運転手はバス停で待ってくれている模様だが、いくらボタンを押しても一向に変わらない信号…諦めるしかないか、と思った時、なんと左右両方の車が停止して私たちを横断させてくれた!感謝!!
何とかバスに乗り込み、しばらくは案内板にも出ていた「六浦」とかも通過して進む。終点は「金沢八景(駅)」。

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金沢八景にて。

京急線(そういえば先日、脱線事故があったのはこのすぐ近く)で移動、黄金町駅で下車。
一日頑張って歩いた慰労?を兼ねた打ち上げは伊勢佐木町にて♪
お疲れさまでした。

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伊勢佐木町ブルース♪
左下の赤いボタンを押すと流れますよ、チャランチャチャララランチャラン、あ~♪

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2012年9月28日 (金)

ホームページからお引越し♪

特に今年に入って史跡・お城巡り、旅に出掛ける機会が増え、それはそれで嬉しい限りなのだがその分、後からのしかかってくるホームページの更新作業が厄介で仕方なかった・・・

ので、思い切ってブログにお引越ししました!これで作業の手間は随分省ける♪
これからも引き続き、こちらの方で私のしがない旅の記録、その他諸々、お付き合いくださいませ。

※2012年3月までの記録・記事は引き続き、こちらから。
http://homepage3.nifty.com/shmz_5_5/

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2012年9月27日 (木)

2012年9月22日 古写真で巡る江戸城

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新しくオープンする東京駅丸の内駅舎

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江戸城見学会、集合場所は国際フォーラム。
太田道灌像

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丸の内ベンチアート「徳川家康」
ここで集合写真を撮ってから出発!

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二重橋。早速サイガ先生にいただいた古写真と見比べ。

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坂下門にて、今回の見学会参加メンバー達。

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手前の「F」を逆さにしたように白っぽくなっている石垣とか、全く同じだ!

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二ノ丸下乗門
分かり辛いけど番所が古写真では門外、現在は門内に復元されている。

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二ノ丸からの中之門
いかに多くの建築物が失われたか…一目瞭然。

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江戸城天守台

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北桔梗門から竹橋方面

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北の丸、清水門(現存)

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清水門付近で見付けた矢穴。
…割れなかったのね(笑)

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石垣に刻まれる刻印

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清水門や雉子橋門、竹橋門辺りを守る御用屋敷の石垣上の土塁
(北の丸内。現在は警視庁第一機動隊官舎裏手)

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キャンパス案内図をお借りして、古地図と現在の地図を見比べる。これ、楽しい♪

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清水門手前から雉子橋門~竹橋方面。
堀のラインが古写真と同じなの、分かりますか?

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最後に北桔梗門外観。
9:30~16時過ぎまで、みっちり歩き通しました!

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2012年9月17日 北陸の旅 3日目Part2 福井市街

再び福井市街に戻って「市立郷土歴史博物館」「養浩館庭園」「自性院」と回り、最後にGSでガソリンを満タンにしてからレンタカーを返却。2日間世話になったね、ヴィッツ君♪
特急の時間までは昼食に「鯖かつ丼」を食し、喫茶店で涼み、念願?だった鯖のへしこを仕入れたりして過す。午後3:44、特急サンダーバードで福井を発つ。
※トンネルを抜けて敦賀辺りに出ると、バケツを引っ繰り返したような豪雨。つくづくギリギリのところで天候には恵まれた旅だった…。ま、京都からの乗換の新幹線が台風の影響で大幅に遅れたが、無事に帰れたしね。

今回は特に車のお陰で時間をとても有意義に使えた。その分、お金もかかっていますが…(笑)
今回の旅で通算訪城100城超えた。更に現存12天守も11箇所までクリア。残すは松江城、そして北海道・九州・沖縄以外で未踏破の都道府県も鳥取・島根を残すのみ!自ずから、次に目指す場所がバレバレですね(笑)
でもその前に、来月はF1!!鈴鹿ですよ♪

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福井市立郷土歴史博物館の裏、福井城舎人門。

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松平春嶽像

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福井市立郷土歴史博物館
常設展は無料ですが、10月には「大坂の陣と越前勢 真田幸村×越前勢」という特別展が開催されます(有料)。ご参考までに…。

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養浩館庭園

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お市の方菩提寺、自性院。

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お市の方碑

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こちらのサンダーバードで福井ともお別れ。
3日間、楽しかったな!

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2012年9月17日 北陸の旅 3日目Part1 一乗谷

楽しい時は矢の如し、早くも3日目。この日もホテルで朝食を摂ってから8時前に出発。
最終日の最大の目的は何といっても一乗谷。天正元年(1573)、織田信長の軍勢に滅ぼされるまで五代約100年に渡って朝倉氏が繁栄を誇った地。長年来たくて焦がれていた場所、とても楽しみ。

福井市街からはほんの10km程度の距離。「福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館」を過ぎると早速、北の玄関口「下城戸」がお出迎え。まだ車の通りも殆どないので路駐しながら「下城戸」→「朝倉景鏡館跡」とカメラに収め、「復原町並」の駐車場に車を停める。
ここからは自転車を借りて観て回るつもりだが到着した時刻は8:30、窓口は9時から。少々迷ったが時間を無駄にはしたくないので窓口のガラス戸をノック、無理言って早めに貸して貰った(^^;
お陰で山城以外は隅々までじっくり観ることが出来た。もう本当に楽しかったし、来れて幸せ。ここから先は写真の方で♪
※貸し自転車は無料(デポジット1,000円)で復原町並の管理等と一乗谷朝倉氏遺跡資料館にあります。

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車での通りがかりに♪
奥が一乗谷の北の玄関口、下城戸。

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朝倉景鏡館跡

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復原町並の駐車場に車を停め、レンタルサイクルで南から♪
御所・安養寺跡
奈良興福寺を脱出し、朝倉家に庇護を求めた後の足利15代将軍・義昭が住んでいた場所。

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南の玄関口、上城戸
ここと先程の下城戸の間は現在「城戸ノ内町」という住所。なるほど!

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一乗谷川
向こう側は、、、諏訪館跡の辺り。

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諏訪館跡庭園

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9時になったので、復原町並へ。

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こうやって見ると、まさに「谷」!

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うわぁ…何とも言えない造形美!(いや、造成美かw)

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朝倉館
早い話が朝倉家当主の館跡

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朝倉館の唐門

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朝倉義景墓所

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朝倉館俯瞰

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湯殿跡庭園

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英林塚
初代・朝倉孝景墓所

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はぁ~何だか本当に戦国期の栄華が薫ってくる風情だなぁ。

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おっと。こちらが今回お世話になったチャリ(笑)
一乗谷は北から南に向かってずっとなだらかな上り坂になっているが、ギアだけでも充分イケる!…電動もありますが。

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瓜割清水
当主の生活用水としても使われていたとか。

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南陽寺跡庭園

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平面復原地区

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平面復原地区の向かいにあるお蕎麦屋さん。
少し迷ったけど、まだお腹が空いていなかったのでパス。

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下城戸を出た先、県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館。
ここでも自転車の貸し出しやってます。

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資料館ロビーにあった一乗谷の模型。
反射で分かり辛い!(>_<)

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一乗谷、よかった。。。
さぁ、旅も大詰め。福井市街に戻ります。

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2012年9月16日 北陸の旅 2日目Part6 北ノ庄城、他

大野城訪問後、福井駅前に戻る。カーナビを頼りに北ノ庄城跡(柴田勝家居城)や西光寺(柴田家菩提寺)を回った。
ホテルに帰着後、シャワーで汗を流してから飲みに出掛ける。容赦ない暑さと運転の疲れもあって酔いの回りが早い。。。早めに部屋へ戻ったが、あっという間の寝落ち(笑)

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北ノ庄城址、柴田神社境内のお市の方像

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出土した北ノ庄城の石垣
・・・雑草取ってくれ(笑)

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浅井三姉妹→左から茶々(淀)、小督(江)、初
ちなみに昨年の大河ドラマ、樹里さんはこのくらいの年頃から江を演じてましたw

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これは福井城の石垣

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北ノ庄城主、柴田勝家像

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足羽川に架かっていた半石半木の奇矯「九十九橋」のレプリカ。
右に置いてあるものが実際に使われていた石材。

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柴田勝家の菩提寺、西光寺。
入口が分からず、しばらくウロウロ。だって、まさかここがお寺だなんて…ねぇ?

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柴田勝家、お市、そして勝家の養子・勝豊を祀ったお墓。

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朝倉貞景寄進の梵鐘

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2012年9月16日 北陸の旅 2日目Part5 越前大野城

永平寺参拝を終えた段階で時刻は午後1時過ぎ。思っていた以上に渋滞もなくて順調。もう少し欲張ろう。
永平寺から長閑な田舎道を走ること20km強。越前大野城へ。ここの本丸へ登る階段、結構堪えた・・・(^^;
あまり予備知識もないままでの訪城だったが、ここの復興天守は割りと小奇麗だったな。本丸に建つ金森長近像の顔立ちには、思わず微笑ましくなった・・・(笑)

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うひゃ~結構きついぞ、この階段。。。

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越前大野藩7代藩主、土井利忠像
教育・軍政改革を成し遂げ、名君と呼ばれる。

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階段状の帯曲輪が崩れた跡だろうか?

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武者階段

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こちらは金森長近の像。
なんか…表情が可愛いw

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越前大野城、復興天守

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こちらもいい眺めだ♪

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2012年9月16日 北陸の旅 2日目Part4 永平寺

またまた移動。今度は曹洞宗大本山、永平寺へ。まずは昼食に、車を停めた蕎麦屋で名物のおろし蕎麦(辛味大根がピリッと効いて美味♪)と天ぷら蕎麦のセットを頂いてから。
さて永平寺。詳しい由緒とかは正直まだ勉強していない(笑)たまたま事前に見ていた「るるぶ」で目にし、その荘厳な雰囲気に惹かれて来てみた。
拝観料を払って境内に入るとまず、畳の上に座らされて合掌。お坊さんによる拝観の注意などの説明を受けて再び合掌。その上で見学スタートとなる。
そして見学ルートもきっちり決められていて他の観光寺院と違い、拝観料を払えば自由に境内を散策、という訳にはいかない。しかし実際に修行している僧侶の様子を見学できたりするし、これはこれでいい経験。また、人によって焼香の作法も違い、興味深かった。

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曹洞宗大本山、永平寺

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こちらにも静謐な雰囲気が漂います。

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仏様が船に乗っちょる。

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通用門。こちらで拝観券を購入します。

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傘松閣の絵天井

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仏殿

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一文字廊下

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福井藩主・松平家の廟所

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永平寺門前、車を停めてお蕎麦を頂いたお店。

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2012年9月16日 北陸の旅 2日目Part3 丸岡城

本日3ヶ所目は丸岡城。東尋坊からは一般道で3~40分くらいだったかな。
この城は柴田勝豊(勝家養子)によって築城され、天守は全国に12残る現存天守の一つ。しかも創建は犬山城に次ぐ古さと想定されている。
また、後に城主となった本多成重の父・重次が書いた日本一短い手紙として有名な
「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」(お仙=仙千代→成重)
の石碑や、麓にはこれをもじったお店まである(笑)主郭部の遺構はこじんまりとした印象だが周辺に広がる田園風景ともマッチして、とても雰囲気のいいお城でした。

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さぁ、早速登りましょう!

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全国12現存天守の一つ、丸岡城!
戦国末期の創建で犬山に次ぐ古さを誇る。

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人柱お静の慰霊碑。。。

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石のしゃちほこ。こんな重いの乗っけてたの!?

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天守からの眺め!

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「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」
by 本多重次(日本一短い手紙)

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周囲の田園風景ともマッチして雰囲気のいいお城だな。

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2012年9月16日 北陸の旅 2日目Part2 東尋坊

さて、福井城の後は駅前へ。予め予約してあったレンタカーを確保。今回行こうとしている観光・史跡スポットが悉くアクセスに難がある為、車での移動を選択した。
福井市街を抜けるとすぐに田園風景が広がる。どこまでも続く稲穂の絨毯と美しい山並みのいかにも「和」な風景に、心も目も奪われそうになりながら軽快なDriveを楽しむこと40分強、東尋坊に到着。
※一部不愉快なこともあったが、あえて今更ここに記すことは避けます。現地からTwitterでは呟いていましたが(^^;

よく晴れた青空の下、眼前に広がる日本海は見事なオーシャン・ブルー!期待以上の絶景(東尋坊タワーは詐欺みたいな眺めだったけど・・・)に暑さも忘れた。
私のボキャブラリーでは表現しきれないので、あとは写真で(^^;

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おー!あれが東尋坊タワーか。では早速…

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って、全然見えないじゃん!東尋坊…
これで500円ってありえないだろ。。。

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さ、気を取り直して。この商店街を抜けると…

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東尋坊!よく晴れたから海が綺麗だー!!

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うわ~本当に断崖絶壁!

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チャレンジャーだな、あのコ(笑)

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さっきのコが立っていたの、あの先端…(^_^;)

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んーやっぱり海は気持ちいい!

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駐車場に戻ろうとしたら、面白い猫ちゃんが(笑)
手足をピーンと伸ばして仰向けに固まったまま寝ちゃいますww

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2012年9月16日 北陸の旅 2日目Part1 福井城

朝7時にホテルで朝食を戴いてから出発。
(今回のホテル、福井城本丸のお堀沿いという立地にあり、部屋からもレストランからも堀と石垣を目の前に堪能できる)
まずは朝の散策がてら福井城本丸内へ。ここには県庁やら県警本部庁舎などが建ち並ぶが、それでも辛うじて天守台や県名の由来となった「福の井」(井戸)が残されていた。天守台では、やはり城巡りが趣味だという初老の男性から声を掛けられて若干長話に付き合わされたが、これもまぁ旅の愛嬌(笑)
そしてこの福井城が私自身の訪城100城目となった。

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おはようございます、部屋の窓からの眺め。
木の枝に白っぽく見えるのは全て鷺です。

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朝のお散歩♪今日も暑くなりそうです。

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福井城本丸、県名の由来となった「福の井」

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天守台
この時、やはりお城が好きで旅の途中という初老の男性につかまり、長話に付き合わされていました…(^_^;)

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天守台の石垣。1948年の福井震災で崩れた跡。

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山里口御門跡の石垣

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御廊下橋

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御廊下橋の中。まだ真新しい感じ。

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御本城橋

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う~ん、朝から大汗かいた!(笑)

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2012年9月15日 北陸の旅 初日Part2 高岡城

その後は再び駅まで戻り、駅前にあった土産物屋で富山名物のホタルイカやしろえび、マス鮨を購入。自宅への発送手配を済ませて移動。

次なる目的地は同じ富山県の高岡城。ここは確か、加賀藩初代・前田利長の隠居城として築かれた城と記憶している。建築物遺構は特に残っていないが、雄大な水堀とそれに囲まれた郭遺構は良かった。
その存在自体知らなかったけど、日本三大仏の一、高岡大仏も拝めたしね(笑)

高岡からは特急「サンダーバード」で一気に福井へ。高岡駅ホームで列車を待っている辺りから雨が降り出し、出発してすぐにスコールのような土砂降りとなった。なんという幸運。
苦い思い出が蘇る金沢や小松を通過し、午後6:41福井着。またもスマホの充電が切れ、ホテルの場所が分からずに駅の反対側を彷徨ったりしながらも、どうにか福井城二の丸跡に建つホテルへチェックイン。夜は家族経営のような居酒屋で一杯。地元の名物、鯖のへしこを焼いたものが大変美味しかった。絶対買って帰ろ♪

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高岡駅にて。この案内板で初めて「高岡大仏」なるものを知った…。

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駅を出ててくてく歩いていたら…アゲハ蝶も暑さにへばったか。

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駅から徒歩10分強で高岡古城公園に到着。高山右近像。

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高岡城の内濠。石垣も見える。

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朝陽橋。向かって左が本丸、右は三の丸にあたる。

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へぇ、濠を船でも回れるんだ~。知らなかったな。

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朝陽の滝

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本丸に建つ前田利長像

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こちらが高岡大仏。
「日本三大大仏」というと奈良東大寺、鎌倉の2つは確定なのだが、残りの1枠にこの高岡大仏を挙げるむきもあるという。

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駅に戻っていると、何故か桃太郎さん御一行?!

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高岡駅前。。。
再開発も進めているようだが、商店街は全てシャッターが下りて駅前もご覧の様子。

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駅前ロータリーの前田利長像。さ、福井に向かいますかね。

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2012年9月15日 北陸の旅 初日Part1 富山城

「月刊一人旅9月号」・・・(笑) はい、またまた行ってしまいました一人旅!
今回のメイン・ターゲットは現存天守を持つお城の一つ「丸岡城」(福井県)と、越前朝倉氏が栄華を誇った一乗谷。それに絡めて同じく未踏の地・富山県のお城と、福井のその他の史跡を巡るプラン。6月頃から準備を進めてきた旅へ、いざ出発!

初日。まずは富山を目指していつも通り新幹線で東京駅を8:53に出発。上越新幹線、初めての2階席♪→越後湯沢で特急「はくたか」に乗り換える。途中からは日本海の絶景を堪能できる路線なのだが、たまたま席が内陸側だったのと、近くに陣取ったオッサングループが酒盛りを始めてやかましく、気分は台無し。車掌から注意されて少しはマシになったが、どうにかならないのかね、あの手の連中は。

そんなこんなでもお構いなしに列車は順調に進み、12:45には富山駅に到着。徒歩で富山城を目指す。列車を降りてまず驚いたのは、とにかくその暑さ!東京でもここ最近は経験したことのないほど。沖縄・九州方面で猛威を振るっている台風16号の影響によるフェーン現象とのことだが、軽く35度を超えていたのではないだろうか。お城までの約1kmは日陰も少なく、とても過酷な道のりだった。。。
おまけに、いつものように街中の様子も写真に収めながら進み、ようやくお城の入口に差し掛かろうとした時、カメラのモニターに違和感のある表示が・・・。
「内蔵メモリがいっぱいです」
・・・内蔵メモリ?何故??・・・あ!?
そう、SDカードを忘れました。今朝PCで確認して古いデータを削除して準備していたのに、そのままPC内に置き去り。。。すぐ目に付いたコンビニに入ったものの置いてなく、仕方ないのでスマホで撮影することにして再びお城へ。

まぁ、そんな訳でテンションは上がらなかったのだが、銅像とか模擬天守とかを流し見しながら富山城址公園の反対側へ抜けたところで別のコンビ二(足すと18になるあのお店)があり、何とかそこで4GBを確保できた。富山城の遺構自体それほど広くはないので改めて全て写真に収め直した。

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富山駅に到着~ポストの上に…
そっか、薬の行商か(^_^;) 富山だもんね♪

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いきなり富山城、模擬天守。
家にSDカードを忘れて、ようやくコンビニでGETしたので…(^_^;)

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千歳御門

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現在そこかしこで整備工事ちう

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佐藤記念美術館の櫓…

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SDがなくて写真を撮り逃がしたところを、もう一度…

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加賀前田家から分封して設立された富山藩2代藩主、前田正甫像。
「越中売薬」の基礎を築いた。

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富山城本丸を守る役割を果たしたであろう、松川

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地方都市といえば路面電車、ですね。正面が富山駅。

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ヨーロッパとかでよくあるよね、こういう貸自転車システム。
私は利用しなかったけど市内観光にも重宝しそう。いいね♪

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駅前のこちらで土産物を調達→自宅へ発送。
さ、移動です!

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2012年9月2日 江戸東京たてもの園

ずっと雨続きだったこの週末。少しは愛車のエンジン回しておきたいな~ということで、ぶらりドライブ。特にお目当てはなかったのだが、以前から少し目を付けていた「江戸東京たてもの園」へ。
こちらは江戸東京博物館の分館で、小金井公園の広大な敷地を使って歴史的価値のある建造物を移築・復元展示している施設。街中の雑踏などまるで聞こえぬ濃い緑の中を、ちょっとしたタイムスリップ気分を味わいながらのんびり歩くのもいいもんです♪

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小金井公園内、江戸東京たてもの園
(ビジターセンター)

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八王子千人同心組頭の家
(八王子市追分町より)

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旧自証院霊屋
三代将軍家光の側室、お振の方の霊屋
(都文化財、新宿市ヶ谷富久町)

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高橋是清邸
(港区赤阪七丁目より)

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高橋是清邸、その寝室。
即ち…二・ニ六事件の現場。

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一瞬、銀座線かと思った(^_^;)

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路地裏。。。

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旧宇和島藩伊達家の、大正時代に建てられた屋敷門。
大正に入ってもこんな立派な門を建てる財力を有していたんですね~。
(港区白金二丁目)

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2012年8月25日 兵庫の旅 2日目Part3 播州赤穂城

この旅最後の目的地は「忠臣蔵」で有名な赤穂四十七士の故郷、播州赤穂。
本竜野からは一旦姫路に戻り、山陽本線で向かう。午後2時過ぎに到着。帰りの姫路からの新幹線の時間を考慮しても、赤穂には午後6時前まで滞在できる。ゆったりと時間をかけて歴史散策に興じた。

急遽思い立ったこの1泊2日。暑過ぎたことを除けば雨に祟られることも電車の遅延もなく、予定通りきっちりと観て回ることが出来て大成功。少し欲張り過ぎて忙しくなってしまったが。。。
次はもう少しゆとりある旅を意識してプランを立てようかな?(笑)
18時44分姫路発ののぞみで帰路へ。帰宅は23時過ぎ。本当に1日フルに使い切った。。。

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播州赤穂駅に到着~
もう看板からお店から、何から何まで忠臣蔵!(笑)

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お、ボンネットバス。今日だけで姫路に続いて2台目♪

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駅前の大石内蔵助像

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駅前から5分強歩いたところで、息継井戸。
江戸城松の廊下での主君・浅野内匠頭長矩の吉良上野介への刃傷の一報を伝えるべく、早駕籠で国元に駆け付けた早水藤左衛門・萱野三平がここで水を飲み、一息入れたと伝わる。

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浅野家菩提寺・花岳寺。

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花岳寺本堂。

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「義士墓所」
中央の一番高いのが浅野内匠頭、その両脇が大石内蔵助・主税。
周囲を義士の墓石が囲む。今年、東京の泉岳寺へ行ったばかり。感慨も一入。
※遺骸は皆、泉岳寺に葬られています。

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浅野家墓所。
境内には他に内蔵助の先祖の墓や浅野家の後に赤穂に入封した森家(森蘭丸の弟・忠政に繋がる一族)の墓所などがあります。

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大石なごりの松
由来は・・・忘れました(笑)

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花岳寺を出て再びぶらぶら(暑さでフラフラ)。
あれは、萬福寺。

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赤穂城大手門。
駅からは直接来れば徒歩15分くらいかな。

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大石邸長屋門。
城内三の丸の区画内になるのかな。

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大石神社。大石内蔵助の屋敷跡地に建つ。
さっと流すつもりが、この四十七士の石像の壮観さについ引き込まれちゃいましたw

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大石邸庭園
昼行灯は何事もなければ、生涯をここで花鳥風月を愛でて過ごしたのかもしれない。。。

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庭園(内)側から見た長屋門
この中では…

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内蔵助に刃傷の一報を伝える早水・萱野の様子などが再現されている。

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更に少し本丸側へ歩くと、片岡源五右衛門宅址。
内匠頭の側近くに使え、主君切腹の折も田村邸に駆け付けた。
なるほど。側近くに使えるからこそ、国家老の内蔵助よりも本丸に近い場所に居を構えられたのか。

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さ、いよいよ本丸へ!

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本丸内では御殿の指図を元に、実際にどの様に御殿が建っていたかが分かるよう、展示されている。
ここで藩士約300名が集まり、籠城討ち死にか、殉死切腹か、はたまた恭順開城か…
喧々諤々の議論が交わされた。

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天守台

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天守台からの眺め

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丸くカーブしている面白い石垣

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あちらは赤穂市立歴史博物館

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戻りがてら。。。山鹿素行像

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おや、ここもカーブしている。来る時には気付かなかったが・・・。
そうか、向こうからは分からず、こちらからはこのカーブのお陰であちら側が深い角度までよく見渡せる・・・そこがミソ、ですな?(←根拠ゼロですw)

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帰り着いた播州赤穂駅にて。
本当に暑い中よく歩いた、今日は!

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最後に、帰りの新幹線を待つ姫路駅ホームから。
次は工事が終わった時に必ず来る!

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2012年8月25日 兵庫の旅 2日目Part2 龍野城

姫路城訪問を終えてJR姫路駅へ。10:54の姫新線で本竜野へ向かう。
本竜野着は11:15。駅の観光案内所でルートを聞いてマップを貰い、街歩きスタート。
なおこの龍野、童謡「赤とんぼ」の故郷として有名。街中にはTVにもよく出るという三木露風の歌碑など、関連する見所もあるらしいが、スケジュールと何よりこの暑さによる体力消耗を考慮してそちらの方は断念。当初の予定通り、龍野城への往復のみとした。

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本竜野駅前
夕焼け小焼け~の、赤とんぼ~♪

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灼熱の炎天下、テクテクと歩く。。。
龍野橋から揖保川。ここに来るまで揖保乃糸の産地とは知らなかった。

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龍野御坊(圓光寺)

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これは・・・醤油蔵の白壁だったかな?
マークから察するに、ヒガシマル醤油さん。龍野は淡口(うすくち)醤油の産地でもある。
奥に見えるのは如来寺。

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駅から歩くこと30分弱、ようやく到着しました!龍野城!

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麓の近世城郭の遺構は規模も小さく、サクッと見て回れます。

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本丸御殿、でいいのかな?

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山城である龍野古城への登城口。獣除けのフェンスが…
私は暑さとこの後の予定を言い訳に、華麗にスルー♪

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比高もそれほどではないから時期を選べば問題ないのかな、古城の方も。。。

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さて戻り道。揖保川で夏の風物詩・鮎釣りに興じる人たち。

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そっか、揖保乃糸もここで生まれたんだね!

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2012年8月25日 兵庫の旅 2日目Part1 天空の白鷺(姫路城)

2日目。朝から物凄い暑さです。。。この日は一日中歩き回る予定なので、ホテルでしっかり朝食を摂る。
いよいよこの旅のメインイベント「天空の白鷺」へ。
8時にチェックアウトし、開門の9時までは姫路城の中濠沿いを西側だけグルッと散策。さすがは世界文化遺産のお城。最初から凄い遺構の数々が目に飛び込んでくる。7年前はここまで気が回らなかったもんな。観光客も殆ど来ないし、ゆったり回れた。
「天空の白鷺」は・・・あとは写真で!w

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姫路城、中濠沿い歩きから朝の散策スタート。
大手前の交差点を西に折れてテクテク。こちらは鵰門跡。見事なクランク!

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中濠南西の端、埋門跡。
こんなに立派な遺構が姫路城目当ての観光客にすら、あまり認知されていないとは・・・。

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ここからはこの「千姫の小径」を北上します。

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車門跡…ここも凄い!

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中濠西面の水堀。左にも川が通っていて、まるで水濠の真ん中を通っているみたい。

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グルーっと巡って大手門まで出てきました。
桜門橋越しに姫路城天守群!

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例え大天守が見れなくとも…この城のスケールには問答無用で圧倒される。。。

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朝9時の開門を待って、早速!菱の門。

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中は順路が定められていて、基本的にはダイレクトに「天空の白鷺」へ向かいます。

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こんな光景もある意味、今だけ。

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ささ、いざ!

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エレベーター上昇中…破風が目の前に!

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天空の白鷺、最上階(8F)。大天守の最上部が目の前です!
職人さんによるとここの瓦修復は完了し、現在は下の階に移っているとのこと。

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西の丸を眺め下ろす。
百閒廊下に化粧櫓、懐かしい。。。あとで行こう。

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階段を下りて7階から。
どうやら漆喰を塗り直しているところのようです。

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こんな光景がみられるの、今だけですよ!

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さて、帰りもこれから天空の白鷺に向かう人たちとのバッティングを避けるため、ルートが決められています。
隅々までじっくり見て回るのは工事終了を待たなくては無理っぽい。。。

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思ったより早く進行しているので、西の丸へ。

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西の丸の百閒廊下。この中を歩きます。

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あれ?一部新しくなってる??

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化粧櫓の千姫。7年ぶりの再会!(笑)
工事期間は特別公開中で畳部分(赤絨毯)に入っていけます。

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普段は貝合わせをしているはずだが、特別公開中は御覧の通り百人一首。
警備員によると近くまで寄れる分、警備に目が届かなくなり、貝合わせの貝が貴重な為、だそう。。。

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果たしてどんな姿でお披露目されるのか。その時にはまた来よう!
※そうそう、この日「世界不思議発見!」のロケが入っていました。
昨年の東大寺といい、よくロケにあたるな(^_^;) 11月放送予定だそうですよ☆

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2012年8月24日 兵庫の旅 初日Part3 須磨浦公園(一の谷古戦場)

そして須磨浦公園。
ここではロープウェイで展望台へ上り、合戦で源義経が鵯越の逆落としに掛る際に見た風景がどんなものだったのかを確かめたくて来てみた。実際の場所がどこだったのかは特定されていない(はず)が。
実際に登ってみるといかに平家が山と海を頼り、狭い浜辺に陣を構えていたかが分かる。当時あまり水軍を持たなかった源氏がまともに狭い平地の入り口から攻めかかったのでは攻めるに難く、守るに易く思えたことだろう。。。

さて、須磨浦からは再び山陽電車で宿を取ってある姫路へ。ここでスマホの充電が完全に切れてしまい、ホテルの位置が分からなくなるというハプニング(笑) あまり現代機器に頼り過ぎず、ちゃんと紙も用意しておくべきでしたか・・・。

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須磨浦公園駅からこちらのロープウェイに乗って、、、

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更にこの「カーレーター」なる珍奇な乗り物に乗り換えて展望台を目指す。
それにしても初めて見たぞ、こんなの。。。恐ろしく揺れるw

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展望台から。何だか久しぶりに海をまともに見た気がする。

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一の谷の合戦の勝敗を分けたもの、それは浜辺に陣を敷いた平家に対し、義経による奇襲、「鵯越の逆落とし」。はたしてそれは何処で起きたのか。。。

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麓に戻って、源平史蹟・戦の濱碑

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山陽電車、及びロープウェイ須磨浦公園駅

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敦盛塚
首塚が先程の須磨寺にあるということ(見落とした…orz)なので、こちらは胴塚になるのかもしれない。
ちなみにこの脇には「敦盛そば」のお店がありますが、残念ながら午後4時で閉店。

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須磨浦公園駅ホームから。
さ、宿を取る姫路へ向かおう。

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今回の姫路でのお宿。
スマホの電源が入らず、電話することも地図を見ることも叶わなくなり、焦った。。。(^_^;)
夜は近くの居酒屋で一杯ひっかけた後、お城の方へ歩いてみた。
…が、ライトアップはされていなかった。残念。

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2012年8月24日 兵庫の旅 初日Part2 須磨寺

明石からは山陽電車に乗って須磨方面へ向かう。源平合戦の一つ、一の谷の合戦が繰り広げられた辺りです。
日本史全般が好きなので中世の城郭のみならず、こういった史跡を訪れるのも本当に楽しい!800年以上の時空を超えて同じ地に立ち、現代に残る風景や遺産からその時の流れが変えたであろう姿形に思いを馳せる・・・なんてちょっとカッコつけ過ぎかw
まずは須磨寺から。

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明石からは山陽電車で移動。20分ほどで「須磨寺」駅へ。
駅の目の前には「平重衡とらわれの松跡」
一の谷の合戦で源氏に生け捕りにされた彼は、鎌倉へ移送後、最後は奈良で処刑された。

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駅から続く「智慧の道」と呼ばれるこの商店街の様な参道を歩くこと5分少々…

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須磨寺に到着。静で趣のある佇まい。

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須磨寺の境内には一の谷の合戦における、逃げる平敦盛と追う熊谷直実の銅像。
この後、敦盛を組み伏せた直実は、敦盛のあまりの若さに殺すことを躊躇ったという。。。

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平敦盛が着用していたと伝わる甲冑

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そして・・・もうあまりに有名な「青葉の笛」

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須磨寺本堂

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源義経腰掛松と、敦盛の首洗い池

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須磨寺、展示品や見所も多く、想像以上に楽しかった♪

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再び山陽電車に乗って移動・・・

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2012年8月24日 兵庫の旅 初日Part1 明石城

もはや「月刊」化しつつある泊りがけの一人旅。今月は兵庫県です(笑)
思い立ったきっかけは、どうしても姫路城の天守修復工事を見学できる「天空の白鷺」に行きたかったから。思えば初めて姫路城に行った7年前は無謀にも日帰りだった。。。しかし今年は折角なので1泊宿を取り、近くの源平一の谷の合戦跡周辺や忠臣蔵で有名な播州赤穂などを巡ることとした。
真夏の炎天下、ひたすら歩き回った自虐的な旅の記録、とくと・・・(笑)


平日の金曜日。残った夏休みを取って普段の通勤と全く同じ時間の電車で東京駅へ。なんだろこの、スーツ姿の皆が眠そうな顔してるのを横目にする優越感(笑)。午前8:50発のぞみ号で西へ。
新大阪で東海道本線に乗り換え、新快速で向かうこと40分。神戸を越えてまず最初の目的地は明石城。

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今回最初の目的地、明石に到着~

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駅のすぐ目の前に明石城!

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石垣の間を縫うように登って、本丸を目指す・・・

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本丸から、明石城の櫓と右奥には明石海峡大橋!

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こちらのお城、思っていた以上に石垣は立派です♪

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旅の出足としてはいい散策になった!(笑)

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明石藩の家老を務めた織田家(あの織田家の一族の末裔、とか)の長屋門

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2012年8月19日 近藤勇の故郷

本日は野暮用があって相模大野へ。しかし思いの外早く用が済んだので、そのままドライブを思い立つ。
カーナビをピコピコいじって選んだ目的地は…そう、新選組局長、近藤勇の故郷(調布~三鷹)。近くに大きな公園(野川公園)の駐車場もあるし、車でのアクセス良し。サクサクっと楽しんできました。
帰りに折角だからと副長(土方歳三)の墓前にもご挨拶。良い気晴らしドライブになりました♪

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新選組局長、近藤勇の生家跡。
右手前は産湯の井戸。まぁ、生家跡とか城に井戸があると大抵「産湯の」「手水の」という形容が付きますよね(笑)

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生家の向かいには天然理心流道場「撥雲館」
と言っても勇さんの時代のものではなく、彼の甥で娘婿となり、天然理心流五代目を継いだ勇五郎が建てたものです。
この敷地のお宅、やはり「近藤さん」でした♪

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生家から100m程離れた所にある龍源寺の門前。
近藤勇墓所の碑や銅像が建つ。
ちょうど調布と三鷹の境目みたいで、こちらは三鷹市。

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龍源寺本堂。
墓所はこの裏手にあります。

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近藤勇墓所(向かって右から2つ目)
板橋での刑死後、首は京に運ばれましたが遺骸は娘婿の勇五郎らによって密かにこの地へ運ばれ、埋葬されたと云います。
向かって左隣がその勇五郎のお墓。

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帰りがけ、折角なので副長にも挨拶していこうと立ち寄った石田寺にて。
鬼の副長、土方歳三墓所(今年1月以来の再訪)。
たまたま月2回の各関連資料館開館日に当たった為、ファンの姿も多く、御供えもいつにも増して多かった。

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2012年8月5日 のぼうの城(忍城)

さて、今年も行田へ「田んぼアート」を見に行きました。
1年間の延期を経て今年の11月、遂に映画「のぼうの城」が公開になるので、ついでに関連史跡をサクッと巡るドライブ。自宅から車のアクセスもいいし、また気が向いたら行こっと!

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古代の地層から出土した種が発芽したという古代蓮
見頃は6~8月上旬の午前中。ギリギリセーフ!

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去年は午後に来たので花は殆ど見れなかったからなぁ…よかった♪

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今年の田んぼアート!
いよいよ公開ですねぇ「のぼうの城」♪
(「古代蓮の里」展望タワーより)

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ここの展望タワーからは忍城の御三階櫓(丸いタンクの向こう)や・・・

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さきたま古墳群も見渡せます。
横たわる前方後円墳の向こうが石田三成が本陣を置いた丸墓山古墳。

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う~ん、早く観に行きたい!

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忍城、御三階櫓

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今回の訪城目的は、おもてなし甲冑隊!
甲斐姫♪

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甲冑隊の皆さんはこちら、郷土博物館の前にいらっしゃいました。
勿論博物館も見学。

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酒巻靱負?

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柴崎和泉守と・・・正木丹波守?(奥)
みんな暑くて軽装してるので…全然「甲冑」隊じゃない(笑)

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もしや・・・のぼう(成田成親)様!?
腰低っwwww

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正木丹波が守備を固めた佐間口には、高源寺。

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そしてこちらが、正木丹波守利英のお墓。
映画や小説しか知らない方には意外かもしれませんが、ちゃんと実在した人物ですよ♪

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忍城攻めの豊臣軍総大将、石田三成が水攻めの為に築かせた石田堤(石田堤史跡公園/鴻巣市)。思いの外しっかり残ってます。

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それにしても暑い日でした。。。また来ますよ。

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2012年7月28日 高尾山

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高尾山口駅から歩いてすぐ、ロープウェイ&リフト駅
(大人片道470円/往復900円)

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リフトで上昇中~
相当勾配はきついです。

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高尾山さる園
午前中くらいまでなら餌やりもできます。

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たこ杉

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薬王院参道

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そういえば放送してましたね~

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ごまだんごやらキュウリやら…。
こちらは嵐の番組でやってましたね。

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高尾山と言えばやはり天狗。
天狗の腰掛杉

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薬王院仁王門の像

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人間長く生きていれば懺悔も多くなる・・・
(元上司)

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この天狗像は格好いいぞ。

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薬王院本堂
最近おめでたが判明した部員のために安産祈願の御守を買う元上司。さすが気づかいの人だ…(笑)

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奥の院の脇を抜けてしば~らく行くと…

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高尾山山頂!
この日はちょっとガスっていて残念。

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登頂記念に

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帰りは吊り橋のある4号路で。
この吊り橋で高所恐怖症の上司Sをビビらすつもりだったのに…
生茂る藪で高さが分からず、平然と通って行きやがった・・・orz

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さ、お楽しみはこれから!
右上に見える「高尾山ビールマウント」(ビアガーデン)で!!

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カンパーイ!
大汗かいた後の一杯は格別♪

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ビアマウント屋上から八王子城跡方面。
ちょうど中央道と圏央道が合流するポイント。

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この日は八王子や立川で花火もあるし、
できれば夜景を拝みたかったんだけどねぇ。。。

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2012年7月23日 川中島古戦場を巡る旅 2日目

この日も朝からよく晴れたいい天気。
朝8時にホテルをチェックアウトし、車は預けたまま片道約2kmの善光寺参道歩きから2日目をスタート。
この日は月曜ということもあり、善光寺境内は人もまばら。山門の中(上)や本堂の内陣(お戒壇巡りでは徹底的な暗闇に右往左往…)、資料館などたっぷり時間をかけて観て回った。
その後は少し車で南下、大河ドラマで度々ロケにも使われている(風林火山や江など)荒砥城跡⇒戸石城跡、更に戸石城跡の駐車場の看板で目にした長谷寺、上田城と駆け巡った。あとは写真で!
今回は車での旅だったこともあり、移動で時間を短縮できて想定以上に回ることが出来た。満足。2日間の走行距離は530kmくらいだったかな。

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2日目の朝。車をホテルの駐車場に残し、片道2kmの参道を散策。
善光寺仁王門

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そして山門

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山門の内部(上)から仁王門

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善光寺本堂

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本堂で内陣とお戒壇巡りをしてきた後は…

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善光寺史料館(忠霊殿)


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松代藩真田家の供養塔

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おっと、忘れるところだった・・・。帰りがけになってしまいましたが、
牛に引かれて善光寺参り~

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長野市街から車で移動すること約1時間、千曲市にある荒砥城!

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わお!・・・無論現存ではないが、中世山城の様子を復元しており、雰囲気はよく出ています。

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見張櫓から・・・凄い眺めだ!
千曲川の対岸、左手前の山が村上義清の居城・葛尾城。

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いくら月曜とは言え・・・独り占めしてていいのかな?w

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おぉぉ・・・

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大河ドラマ「風林火山」や「江」でもロケ地として使われた。
なんか、とても楽しくなる城跡♪

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お次は上田市まで南下し、武田信玄が村上義清に敗れた「戸石崩れ」や真田vs徳川の上田合戦でも舞台となった戸石城に登ります。
・・・いや、なめてるつもりはございませんが?(笑)

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いざ、登城スタート

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比較的緩やかな山道を進むと分かれ道が。
今回は戸石城(右)だけにします。この先が兎に角、勾配がキツイ!

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ロープ伝いに・・・

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道はまだまだ続く。。。
息切れで何度も立ち止まる。

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やっとの思いで辿り着いた戸石城、本丸(?)
上田市街が一望のもと!

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そうそう登る途中、大きなカモシカに遭遇した場所。
獣道のようになっている狭い平坦地からジーッとこちらを伺っていた。
目が合った時、一瞬クマかと思って息を呑んだ(^_^;)
すぐに逃げられたため、写真は撮れず。

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長谷寺
真田の郷の更に奥、よほど好きな人間でなければ近寄らなそうな場所に建つ。

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こちらには真田幸隆(中央)、昌幸(右)父子が眠る。
左は幸隆夫人

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周囲には真田家の家紋「六連銭」に並べられた1円玉・・・(笑)

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さて、旅の最後は上田城。4年ぶりの再訪。
この数日前、サマーウォーズが随分と盛り上がっていたので(笑)

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デカッ!

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尼ヶ淵から西櫓・・・2009年の年賀状にも使ったな、このアングル(笑)
それにしても昨日の松代、この日の戸石、長谷寺、上田城、、、おかしい。
今回は川中島を巡る旅だった筈が、いつの間にか大阪に引き続いての真田家縁の地を巡る旅になってる…(笑)

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いやぁ、今回は初の愛車一人旅。お陰で移動が楽で思っていた以上に見て回ることが出来た。あまり遠方は
しんどいけど、片道4~5時間程度なら充分いける。また考えよ♪

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2012年7月22日 川中島古戦場を巡る旅 初日

さて、若干無理しちゃった感が否めない2週連続の遠征。今回は以前からずっと狙っていた川中島合戦の古戦場巡りです。
現地近くにお住まいのフォロワー(twitter)さんに駐車場情報など詳細を教えていただき、準備万全でスタート!そう、今回は現地での足を考え、一人旅では初の愛車とのDrive旅!

朝5時半に愛車を駆って自宅を出発。圏央道から関越経由で上信越を順調に進む。
途中2回の休憩を挟んで長野ICで高速を降りたのは8時頃。想定より早く到着できたので順番を若干入れ替え、まずは第4次川中島合戦で討ち死にを遂げた武田家の軍師、山本勘助のお墓から史跡めぐりスタート!
事前にtwitterを介して教えていただいたガイドブックで情報を仕込み、先述の近くにお住まいの方の貴重な情報のお陰もあり、至って順調にスケジュールを消化できた。
なにより、予報に反してとても気持ちのいい快晴!写真映えもして良かった!夕方にはスコールに見舞われたものの、その時には大方の史跡巡りを終えていたので問題なし。
夜は長野駅近くのホテルにチェックインして駅前で一杯。日曜ということもあり、開いているお店も少なかったので普通の居酒屋チェーンで(^^;
詳細はこちらから、写真で!

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旅の最初は、第4次川中島合戦において壮絶な
討ち死にを遂げた、武田家の軍師・山本勘助のお墓から。
千曲川の畔、今は周囲を畑に囲まれた場所にひっそりと・・・。

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勘助のお墓の近くには「広瀬の渡し」
合戦の際、武田家が渡河した場所。

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少し移動して八幡原古戦場
軍記物で有名な一騎打ちの銅像が建つ。
まさに第4次合戦時の武田信玄本陣跡。

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八幡社の右に「三太刀七太刀之跡」
太刀を三度討ち下ろした謙信。それを軍配で受けた信玄。後で軍配を調べたところ、疵跡が7ヶ所あったことに由来する。すなわち信玄が床几を据えていた場所。確かに周囲には土塁跡が残っていた。
中央の木は武田軍が打ち込んだ乱杭がそのまま自生したという「逆さ槐」

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「執念の石」
本陣に突撃してきた謙信を討ち漏らし、武田家臣の原大隅が悔しさのあまり、槍を突き通したという。。。

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敷地内に建つ長野市立博物館。
特に川中島合戦に特化している訳ではなく、むしろ原始・古代や民俗系に力が入っていた印象。

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松代藩出身の幕末の奇才、佐久間象山像。

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再び愛車で移動、こちらは典厩寺。

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そう、その名の通り武田信玄の弟、武田典厩信繁に縁の深いお寺。
彼の首を清めたとされる井戸。

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そして、武田典厩信繁のお墓。
彼もまた、第4次合戦において壮絶な最期を迎えた。。。

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典厩寺の近くにあるこちらのお店で少し早い昼食。
店お奨めの普通のとシソを練り込んだもの2種類のお蕎麦セットはなかなかのお味。何故この店にしたのかって?それは…

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その敷地内に「胴合橋」があるから。
討ち取られた山本勘助の首を取り戻し、その胴体と合わせた場所、とか。

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さて、次は松代地区に移動。
まずは真田宝物館から。

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そして真田邸。

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幕末、佐久間象山らの具申により設けられた藩校「文武学校」

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弓道場

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松代城
川中島合戦当時は海津城といい、武田軍の拠点となった。
第4次合戦時も武田信玄はここから八幡原へと出撃する。

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本丸にて

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本丸内の石垣

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城内から妻女山。
なるほど、信玄もこうして謙信の本陣を睨み据えていたのか。

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北不明門

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長国寺
門が傾いてる・・・(^_^;)

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長国寺境内
いわゆる観光寺、という風情は全くない。
他に参拝客もなく、案内を乞うと(お昼寝中を起こしてしまったようだがw)、拝観料300円で丁寧にガイドしてくれた。勿論、マンツーマンで(笑)

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初代松代藩主、真田信之の御霊屋。
破風の鶴は左甚五郎作と伝わる。

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横には四代藩主、真田信弘御霊屋。
財政難などの事情により、藩主の御霊屋作りはこの四代で最後となる。

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歴代藩主やその親族の墓所。
信之公は向かって一番左奥。

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二代藩主の御霊屋跡。現在は石碑のみ建つ。
そして三代の御霊屋も現在はその場になく、、、

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実は少し離れた本堂の脇に建つ開山堂が、第三代の御霊屋だったとか。
いつの時代か、移築して御堂として利用するようになった。
屋根を瓦に変えたため、重みで建物全体が歪んできている・・・。
なお、第二代の御霊屋は現在、妻女山近くの林正寺というお寺に移築されているという。今回は回り切れないので確認は出来ず。

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こちらは藩財政の立て直しに功績のあった家老、恩田木工民親のお墓。
(同じく長国寺)

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妻女山の麓へ移動。少し分かり辛い場所にありますが、会津比売神社の境内にある「謙信公槍先の清水」

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そして鞍掛けの松

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妻女山登山路の途中には「上杉謙信槍尻の泉」
先程の槍先の清水と何が違うんだ?ww

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妻女山展望台から八幡原。正面には旭山城。
ここから謙信は、海津(松代)城から上がる炊飯の煙の量の違いに気付き、武田軍の動きを察知して先手を打ったとされるが・・・、現在は木々に阻まれ海津城は見えない。
この辺りから空模様が怪しくなりだした。。。

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妻女山を下った上杉軍が八幡原へ向けて千曲川を渡河した「雨宮の渡し」
「鞭聲肅肅夜河を過る・・・」by 頼山陽
近くに小川が流れるが無論これではなく、往時はこのすぐ近くを千曲川の本流が流れていた。

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明徳寺。遂に降り出したとおもったら、いきなりのスコール!!

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こちらの境内には武田四天王の一人で海津城代でもあった高坂弾正昌信のお墓がある。
川中島の戦死者を敵味方の別なく手厚く葬り、それに感じ入った謙信が後年、塩止めに苦しむ武田家へ塩を送ったとされる故事(敵に塩を送る)から、墓石に塩を供えて祈ると熱病に効き目があるとされてきたことから、下部が少し抉れている。

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長野オリンピックスタジアムの横には勘助宮。勘助討ち死にの場所。
訪れた時、大きな野球の試合が行われており、歓声も聞こえてきた。
流れてきたアナウンスでは「○○のラッキー7の攻撃です」などと言っている。
ヤバい、早く立ち去らないと一気に渋滞に巻き込まれる!!ってことで早々に退散。

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狭ーい路地の住宅街をグルグルと彷徨い、何度も同じ場所をウロウロとして近隣住民からいよいよ不信者扱いされそうになった頃、ようやく見付けだした八幡宮。
第4次合戦後、武田軍がこの場所で勝鬨を上げたことから別名「勝鬨神社」。ホントに普通の空き地です(笑)

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最後にこの日のお宿。
設備に若干古さは感じたけど広くてとても落ち着いた感じが好感。

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2012年7月16日 大坂の陣・真田幸村の足跡を辿る旅 2日目

今日は山城巡りに向かった御一行様と別れ、単独行動。
前日が大坂城の惣構えに真田丸と、冬の陣における幸村の足跡巡りだったのに対し、この日は夏の陣(1615)での活躍の場を巡りました。
相変わらずの猛暑と若干の思惑違いはあったものの順調にスケジュールをこなし、午後2時の新幹線までしっかり時間を使いきりました。

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まずは地下鉄谷町線で天王寺へ。茶臼山を目指すものの下調べ不足。
実は茶臼山は有料の天王寺公園内にあり、開園時間は午前9:30。
この時点で時刻は8時過ぎ。本当は合戦の時系列通りに巡りたかったのだが致し方なし。順番を変更する。

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という訳でまず訪れたのは、安居神社。

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大坂夏の陣、茶臼山から徳川家康の本陣めがけて乾坤一擲の突撃を敢行した幸村。あわやというところまで
追い詰めたものの取り逃がし、疲れ果ててこの安居神社境内まで戻って休んでいたところを、越前松平家臣・西尾久作に討たれた。

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お次は四天王寺!

12071605 五重塔、格好いいな~

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さ、ようやく開園時間になったので茶臼山。
夏の陣で真田幸村が陣を置いたことは先ほど述べたが、冬の陣では逆に徳川家康が本陣を置いていた。

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茶臼山の最頂部。果たしてここに床机を据えていたのだろうか・・・。

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天王寺公園内の庭園

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少し電車で移動して、最後に大阪城。
六番櫓と南外堀。

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大手門から入城です!

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城内の豊国神社と秀吉像
THEナンバー2とかでよく出てくる秀吉の銅像はこれ、かな?

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天守から真田丸や茶臼山などがある南方向の眺め。
当時はこの視界に押し寄せる徳川の大軍が映ったことだろう・・・。

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そして・・・山里廓、豊臣秀頼・淀殿自刃の地。
これをもって大坂夏の陣は終結し、世は太平の時代へと入っていく。

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最後に極楽橋から。
それにしても暑かったな、この2日間。 

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2012年7月15日 大坂の陣・真田幸村の足跡を辿る旅 初日

今回はTwitter上で募集されていた「真田幸村と大坂夏の陣」(主催:ゆうりさん)に急遽参戦させていただきました。
残念ながら午前中の道明寺方面は時間の都合上間に合わず、午後3時からの参加となりましたが普段の一人旅では何気なく見過ごしてしまっているような遺構も詳しい方と一緒だと確認でき、大変勉強になる旅でした。
2日目は山城巡りに向かわれた御一行と別れて単独行動。猛暑の中の歩き通し、体力的には厳しかったが充実の2日間!

今回はノンビリとした旅立ち。東京駅11時50分発ののぞみで新大阪へと向かう。
集合場所の森ノ宮には約束の3時少し前に到着。しかし私が細かい待ち合わせ場所を勘違いしたりして数分の遅刻。面目ない。
全員揃ったところでいざ出発!まずは1614年の大阪冬の陣において、徳川の大軍を跳ね返した豊臣大坂城の惣構え(大坂の台地上の町をすっぽり囲い込む空堀)と、真田幸村が築いた真田丸の痕跡を訪ね歩く。
あとは写真の方でどうぞ!

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新大阪から集合場所の森ノ宮へ向かう途中、乗換で降りた大阪駅のホームから。

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大阪城公園森ノ宮口。いざ大坂の陣!
「関東勢百万と候え、男は一人もなく候」…って私も関東の男の子ですけどね(^^;
総勢7名でウォーキング・スタート。

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まずは森ノ宮から惣構えの東面跡を南に向かって歩く。
この通りの辺りが東面の堀跡。

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玉造交差点。ここが惣構えの東南の角に当る。
かつては黒塗りの玉造門があったため「黒門跡」の碑があります。

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玉造から少し南西方向に向かうと三光神社。
ここが冬の陣において真田幸村が築いて奮闘した真田丸の跡地。

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境内には冬の陣における幸村の奮戦ぶりを伝える銅像が…

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真田丸の主廓部。ここで幸村は指揮を取っていたのだろうか・・・。

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真田丸南面の最前線。この段差が当時の堀や土塁の名残と思われる。
ここに越前松平勢や加賀前田勢らが殺到したことになる。

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この細い通りは真田丸の主廓と二の廓(勝手に命名。
脇馬出しのようなものか?)を分かつ堀跡。向かって右が主廓で左が二の廓。
通りの奥、最も高くなっている辺りが両廓を繋ぐ土橋跡だとか。

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清水谷公園から。正面に僅かに見える学校の校庭がほぼ同じ高さ。いかに深く広く堀を穿ったかが分かる。

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清水谷の辺りから。道路が窪んでいる辺りが三の丸の堀跡。ここは分かりやすい。

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「空堀ど~り商店街」小説「プリンセス・トヨトミ」の舞台ですね♪
ここはその名の通り、空堀の中に盛り土をして商店街を通したような形状になっている。従って商店街の裏へ回ると・・・

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ご覧のような高低差!ここは堀の深さがよく分かる場所として、大阪城を紹介する番組でよく紹介される場所らしい。

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ちょっと横道に反れて・・・
映画「プリンセス・トヨトミ」で中井貴一さんがお好み焼きを焼いていたお店、だそうですw

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さて、惣構え探索も佳境です。
西面の堀跡

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地下鉄で天満橋に戻り、ドーンセンター前に復元された豊臣大坂城時代の石垣。

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乾櫓

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空の青さとビルが堀の水によく映えて美しい・・・。

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汗だくになった後はビールで乾杯!「しろずきオフin大阪」!!
ここからは人数も増えてちょっとした宴会!皆さん、本当にお世話になりました♪

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2012年6月23日 甲斐武田家終焉の地

今週は山梨県は勝沼へ、甲斐源氏・武田家終焉の地を巡るドライブです。
朝、出発前に道路状況を確認すると既に相模湖を先頭に35kmの大渋滞!これは困ったぞ、ってことで暫し悩んだ挙句、相模湖ICまで一般道でTRYしてみて、一般道も駄目なら引き返して明日に出直そう、ってことにしてとりあえず出発。
幸いに一般道の方はさしたる混雑には遭遇せず、順調に目的地へと辿り着くことができた。巡った先は写真の方でご紹介するとして、帰りにはやはり名産のワインを購入。飲んでみたいのをチョイスしていたら3本で7000円と、若干手痛い出費となった。。。
帰り道は八王子ICまでスイスイの楽チンDrive♪それでは早速どうぞ!

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まずはこちら、大善寺から。
天正10年(1582)3月3日、新府城を捨てた武田勝頼一行は、その日のうちにここ大善寺へと落ち延びてきた。
小山田信茂が出迎えてくれる筈だった岩殿城へ向かうため・・・。

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先程の山門を潜って石段を上がった先には、楽屋堂。

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1286年創建と伝わる関東?最古の木造建築、大善寺本堂(国宝)。
勝頼一行が落ち延びて来た時、この寺には勝沼氏の出で尼になっていた理慶尼がいた。
彼女は兄を初め、実家を武田信玄に滅ぼされていたにも関わらず、勝頼たちを手厚くもてなしたという。。。

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その理慶尼のお墓。
武田勝頼滅亡記とも呼ばれる「理慶尼記」を残した。

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楽屋堂から

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さて、次に移動しますか!

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田野の郷を過ぎて天目山方面へと進んだ先に「土屋惣蔵片手千人切」の碑。
大善寺を出て小山田氏の岩殿城を目指した勝頼一行は笹子峠で小山田信茂の裏切りに遭い、やむなく引き返し天目山を目指す。だが天目山麓で織田軍に遭遇し、田野の郷へと引き返す。その際、家臣の土屋惣蔵は主君を田野へ逃がし、その自害を助けるためにこの地に踏み止まり、織田軍を相手に狭い谷間の道を利用して奮戦したという。。。その伝説から名づけられた。

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田野の郷には現在、武田勝頼の墓所ともなっている景徳院。
天正16年、徳川家康の命により、勝頼たちの菩提を弔うために建立された。

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境内中腹には「没頭地蔵」
ここに首のない勝頼父子の遺骸が葬られている、とか。

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武田勝頼生害石
追い詰められた武田勝頼はここで遂に自害に及ぶ。
まさに甲斐源氏武田家終焉の地。

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その横には勝頼夫人の生害石

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武田勝頼、夫人、嫡男・信勝の墓所

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立派な山門も

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「旗竪松」
最後に武田家累代の重宝「日の丸の御旗」を立て、嫡男の信勝に「楯無鎧」を着せて「擐甲の礼」を執り行ったと伝わる松。

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景徳院前から天目山方面を眺める。。。

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所変わって勝沼氏館跡。
なかなか立派な堀!

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この東門から入ります。

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この辺りが館の中心部だったそうな。

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こっちの堀もいいぞ♪

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当然のことながら天然の水濠としたであろう、日川にかかる祝橋を渡ります。

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その祝橋(歩行者専用)
昭和六年に架けられた三代目だそうな。奥が勝沼氏館跡。
この後は近くでワインを購入し、渋滞が始まる前に撤退です! 

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2012年6月17日 深大寺

今週は近場の深大寺です。八王子ICから中央道に乗ってほんの15分、調布ICからもほど近い場所にあります。
朝早くに着いたため、懸念していた駐車場も難なく確保。まずは無料で入れる「水生植物園」からお散歩スタート!

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まずは都立神代植物公園 水生植物園から。
こちらは9:30から無料で入園できます。右の小高い茂みが深大寺城跡。

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一郭に建つ深大寺城跡の碑

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二郭の土塁と空堀(復元)

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二郭には建物礎石の展示も。周囲をグルッと土塁が囲む。

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蕎麦畑

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園内には色とりどりの紫陽花が咲き誇っていました。

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深大寺山門

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深大寺本堂
・・・ツアー客のおばちゃま達が若干やかましい(^_^;)

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これが都心にもほど近い東京都内とはね・・・。

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なんだか落ち着く…。

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こちらは元三大師堂

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元三大師堂の脇からは開山堂への参詣道が伸びる。

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…こんな感じで。

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ほんの数分で、開山堂

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中には仏様 (-人-)

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こちらから境内を出て門前町へ

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弁天池

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池の畔には…ガクアジサイ、だね? 覚えましたよw

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深大寺と言えばやはり…鬼太郎茶屋!

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こちらの一休庵さんで名物の「深大寺そば」を堪能♪

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最後に水車館へ
深大寺、規模はさほどでもないが、都心にも近い立地に関わらず、
とても癒される心地よいスポットでした。おススメ♪

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2012年9月26日 (水)

2012年6月2日 Part4 前橋城、高崎城

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何の予備知識もなく、急遽前橋(厩橋)城を目指していたら…辿り着いた群馬県庁(笑)
実はこの辺りが本丸だった所で、中心街全体がその昔はお城だった、とか。
東京でいえば今の皇居とかに街が出来ちゃってるような感じ?

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その群馬県庁ではドラマか何かのロケ中。
お~SATが!?さては「火曜サスペンス」系だな!

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それでも何かしらお城の痕跡くらいあんだろ~と探していて見付けた土塁(奥)

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ま、こんくらいで勘弁してやるか(笑)

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前橋公園の土塁?

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その土塁の上から。

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所変わって、高崎城

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殆ど惰性で見て回っていたので、門の名前とか由来はサッパリ分からん(^_^;)

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お堀

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最後に土塁。比較的、綺麗に整備されている。

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2012年6月2日 Part3 箕輪城

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着きました~箕輪城!搦手口より登城開始!!

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早速、土塁の様な郭跡の様な遺構を眺めつつ、てくてくと…

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二ノ丸を抜けると大きな堀切が!!本当にでかっ!!!!

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箕輪城跡之碑

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本丸跡

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広い本丸跡を土塁がグルッと取り囲む。。。

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こちらは御前曲輪

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御前曲輪から見下ろす大堀切

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本丸と御前曲輪を隔てる堀と土塁
それにしても三の丸~大手口方面が立ち入り禁止になっていたのが残念。

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何度見てもいいなぁ。さすがに武田軍の襲来を跳ね返しただけのことはある!

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見事に食い違いになっている。

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戦国の喧騒もどこへやら…長閑です。

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2012年6月2日 Part2 足利氏宅址

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足利氏宅址
今は、ばん阿寺の境内となっている。

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資料が手元にないので詳しくは分からないが…
境内の建物は全てお寺のもので、居館跡を偲ばせるものは残っていない。

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鐘楼

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多宝塔??

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栃木県百名木「大銀杏」

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菊に桐に二つ引き両、揃い踏み!

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何だか城攻めというより、お寺詣り?(笑)

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最後に少しだけお城らしく、土塁とお堀♪

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2012年6月2日 Part1 足利学校

予報よりも天候に恵まれた土曜日。本日はまず、栃木県の足利学校へ向かいます。
圏央道は無論、関越も北関東道も怖いくらいにスイスイ流れて、ちょうど2時間で到着。中世東国の最高学府、足利学校は期待を裏切らない見応え。何より佇まいがいい。決して大袈裟じゃないんだけど、しっかりと今も昔も変わらずそこにある、みたいな…。何を言ってるか分からん(^_^;)
その後は群馬へ移動して箕輪城、前橋城、高崎城。前橋・高崎は殆ど市街地に飲み込まれちゃっているが、箕輪城はさすが。搦手から登ったけど、既に工事が入っているのか本丸から奥、三の丸方面に行けなかったのが残念。でも大堀切など、遺構は見事でした。
帰りも全くの渋滞知らず。一度ゲリラ豪雨に見舞われて難儀したものの、順調に帰宅。本日の走行距離は332kmでした♪

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来たーっ!!念願?の足利学校♪

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いいな、この佇まい

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そのままズバリ「学校」(笑)

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孔子廟

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室町期の作となる孔子坐像

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こういう渡り廊下の風情、好きです。

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方丈(左奥は孔子廟)

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これはどこを撮ったんだったっけか?

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よし、満足!

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2012年5月27日 Part2 関宿城

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見えてきました、関宿城(県立関宿城博物館)

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作りモンとはいえ、青空によく映えるな!

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わざわざマンホールの蓋、展示してるよ…(^_^;)
ちなみにこの博物館、利根川の治水の歴史に関する資料がメインです。

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さて、では今回はこれまで!

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2012年5月27日 Part1 逆井城

よく晴れた日曜日。この日は夕方五時から会社で仕事の予定が入っている。。。しかしながら、それまでの時間を無駄にするには忍びない!ってことで恒例の城攻め♪
今回は以前から目を付けていた茨城県坂東市の逆井城へ。なかなか中世の「土のお城」を再現した史跡は少ないので貴重な存在。実際に訪れてみても復元された櫓や物見台だけでなく、土塁や堀もよく保存されていて全く期待を裏切らない楽しさでした!
その後は会社へ向かいがてら、千葉県野田市の関宿城へ。こちらも中世関東の歴史には欠かせない存在だが、遺構は残念ながら殆ど残っていない。江戸城富士見櫓を模した博物館を冷やかしてから立ち去った。
仕事にも無事に間に合ったし、いい気分転換にはなった。

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これぞ、中世関東の城砦?!逆井城。

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櫓も雰囲気があっていいねぇ

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物見台

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関宿城から移築されたという唐門

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主殿

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よく晴れたので緑が映える!

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いいなぁ…土塁も綺麗に残ってる。

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おお…見事な横矢掛り!

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こっちも凄い!

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いいね!逆井城♪

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2012年1月1日 寝正月

2012年、明けました!
新年早々、彼はやっぱり「寝正月」。。。(^ ^;生意気に炬燵に入ってぬくぬくと寛ぐボンの元旦です。

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生意気にも炬燵の、それも特等席に陣取ってグースカ・・・

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・・・なんか呼んだ?

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だから、眠いっちゅうのに・・・zzz

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2012年5月5日 東北4県の旅3日目 Part2 米沢

奥羽本線各駅停車で揺られること約40分、向かった先はこの旅最後の目的地、米沢。ここでは回る場所が多いので駅のコインロッカーに荷物を預ける。…とここで少し催したので御手洗いへ。用を済まして戻ってみると、、、循環バスが行っちゃった!次のバスは・・・1時間後orz 仕方ないのでタクシーに乗り、目的地の中で一番奥にある「上杉家御廟所」から回ることにした。ここでのタクシーは想定外だったが、こういう時のタクシーって貴重な観光情報源。それはそれで旅の愉しみ。
結局米沢では;
→上杉家御廟所
→法音寺(上杉家菩提寺)
→林泉寺
→上杉博物館
→上杉神社(米沢城)
と全て徒歩で巡った。

史跡は勿論のこと、特筆すべきは博物館や上杉神社の宝物殿などの展示品の数々!
・洛中洛外図屏風(上杉博物館)
・謙信が第2次川中島の際に善光寺から持ち帰った善光寺如来尊(法音寺)
・春日山城の毘沙門堂に実際に祀られ、謙信の崇拝を受けた「泥足毘沙門天尊」(法音寺)
・「毘」や「龍」の軍旗
・謙信愛用の馬上杯や法性頭巾
・直江兼続の「愛」の前立て甲冑(以上、宝物殿)
etc..
もう凄過ぎて呆れ返るように笑ってしまった。米沢サイコー!本当に来て良かったよ。
最後は駅前の喫茶店で時間を潰し、駅弁「牛肉どまん中」他、土産物を購入して帰路に就く。
今回の旅は天候の悪さにテンションも落ちていたのだが、最後の最後に訪れた米沢で全てOK!終わりよければ全てよし!!(笑)
・・・今後しばらくは日帰りまでに留めます。次は9月。行先は・・・まだ内緒。

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この旅最後の目的地、米沢に到着!
いまやどこも、武将ゆるキャラは必須だね(笑)

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循環バスに置いて行かれたので(自業自得)、、、
タクシーに乗ってまずはこちら、上杉家御廟所

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歴代藩主の廟所がズラリと…

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直江兼続の主、上杉景勝廟所

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藩財政を立て直した上杉鷹山廟所

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整然と…そう、まるで「あのお方」の廟所をお守りするかの如く…

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そのお方、藩祖・上杉謙信の廟所。
整然と並ぶ歴代藩主の廟所の中央奥に祀られています。

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ここにかの謙信公が眠っているかと思うと・・・いや、表現すらできない。

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上杉家御廟所の門前には、同家の菩提寺・法音寺。
特に受付もなく、他の観光客は誰一人入って行かないのだが、表の看板には謙信公が実際に尊崇していたという毘沙門天像が置かれているとある。
どうしても見たくて普通のお宅の玄関の様な入口で呼び鈴を鳴らし、案内を乞う。すると快く招じ入れてくれ、たった一人の為に懇切丁寧にガイドまでして頂いた。
毘沙門天尊の他にも歴代藩主の御位牌やその他(本文参照)、貴重なものをゆっくり拝見。善光寺如来尊にお参りする際は正直に作法の不明を詫び、教えて頂いた。何もかもただ感謝・感激。勇気を出して訪れて本当に良かった。

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さて、次なる目的地へはタクシーの運ちゃんに教えてもらった裏道を
のんびり散策。それにしても一向に見えてこない時はさすがに少し焦った。

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法音寺から歩くこと約30分、林泉寺に到着。
ここには上杉家関係者や錚々たる家臣団のお墓があるが、最大のお目当ては…

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そう、こちらです。もうお分かりですね。

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直江兼続と妻、お船の方の墓所。
個人的に憧れる武将ベスト3の一人。念願が一つ叶いました。

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この方も有名ですね。甘粕景継の墓所。

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仙洞院の墓所。
上杉謙信の姉で、景勝の実母。

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景勝の正室、菊姫墓所。武田信玄の息女でもある。
先日、地元八王子で松姫(菊姫と姉妹)のお墓に行ってきたばかり。
何やら縁を感じる。他に武田信清の墓所などもある。
とっても離れ難いがそうもいかないので、次の場所へ。

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林泉寺からも徒歩。20分ほどで伝国の杜、上杉博物館に到着。
こちらでは何といっても「洛中洛外図屏風」!織田信長が謙信に贈ったという、
あまりにも有名なあの屏風が実際に見れるなんて・・・。

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そして上杉神社へ。米沢城址に建ちます。
さすがにここは凄い賑わい!

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3日目にしてようやく天気も良くなった!

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上杉謙信祀堂(御堂)跡。
江戸期を通して謙信の御遺骸が安置されていた場所。その傍らには善光寺如来尊と泥足毘沙門天尊も置かれていたという。。。廃藩後、御遺骸は御廟所へ移され、如来尊と毘沙門天尊は法音寺へ。

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上杉謙信銅像

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大河ドラマ「天地人」を記念して建てられたのかな?

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上杉神社本殿へ。参拝客で大渋滞~。

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上杉神社本殿。

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やっぱり明るくなると写真映えするなぁ

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甲府の武田神社もそうだけど、城攻めっていうより普通に参拝だねw

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稽照殿(上杉神社の宝物殿)
ここの展示品も凄過ぎ!完全にノックアウトされました!!
(有名な「愛」の兜もここにあります)

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ぼちぼち駅に引き返そうかと歩きだしたら、何やら賑やかな
音が聞こえてきた。何かと思ったら…武将隊!? 
なぜこの中に政宗?…あ、そっか。考えてみたら元々米沢出身だったね♪

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さすがに疲れたので、駅まではあの循環バスを使います。
一律200円。

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JR米沢駅。帰りの新幹線までは土産を買ったり、喫茶店でビール飲んだり。。。
「牛肉どまん中」も買って車内で頂きました♪ 米沢、本当に楽しかった。

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2012年5月5日 東北4県の旅3日目 Part1 山形城

3日目の朝は山形にて。天気は…どんよりとは曇っているが幸い雨は降っていない。やった!
線路沿いをてくてくと歩き、南門から山形(霞)城へ入城。なんていうか、、、本丸は復元工事中で入れず、東大手門は「ハリボテ感」がちょっと残念な感じ。
そのまま駅周辺を少し歩いて、山形駅から奥羽本線に乗り込む。

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山形城(霞城)
こちらの南門から入城します。

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復元された本丸の一文字石垣

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本丸はまだ工事中~(ToT)/~~~

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最上義光銅像。反対サイドからも撮ったけど逆光だったんで(^_^;)
かかれーっ!!

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う~ん…、ハリボテ感は否めないなぁ

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東大手門。すぐ前には最上義光歴史館があるが、
早朝でまだオープンしていないので断念。

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駅に向かって歩いていたら銅像があったのでパチリ。
なになに…この方は水野元宣さんといって、簡単に説明すると幕末期の
藩士で、山形の町を兵火から救った恩人。だそうです。(豊烈神社にて)

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2012年5月4日 東北4県の旅2日目 Part2 角館

盛岡からは秋田新幹線こまちで40分、角館へ。角館到着の辺りから雨脚が弱まってきた。
角館と言えば何といっても武家屋敷通り。しかしまずはタクシーで古城山公園へ向かう。ここは「鬼九郎」こと戸沢盛安の居城だった角館城跡。遺構の残存状態は決して良くなかったが、急峻な斜面を上がり、本丸跡から見下ろす角館の街並は絶景!「秋田県のお城もどこか制覇しなきゃ」ってことで角館武家屋敷観光のついでに組み込んで来てみたけど、なかなか良かった。
麓に下りてからは目の前から延びる武家屋敷通りへ。のんびりと駅の方向に向かって散策。だが、あまりの人の多さに期待していたほどの風情や情緒を愉しむことはできなかった。残念(>_<)
駅前の居酒屋さんで稲庭うどんと地元の方言を堪能し、角館を去る。

今夜の宿は山形。チェックイン後、街に出て一杯。だがどこも混んでいてようやく5~6軒めで席を確保。山形の街は、、、キャバクラや風俗店の多さに驚いた(^_^;)

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角館に到着ー!こまちのボディーには桜模様♪

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タクシーでまずはこちらへ。ここから先は徒歩で登ります。

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二ノ丸?辺りからの眺め。角館の街並が一望の下。

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ほら、ズームで寄れば武家屋敷通りも!

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角館城本丸。ここはかつて、鬼九郎と呼ばれた戸沢盛安の居城であった。

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本丸に咲く仙北市指定天然記念物「姥桜」

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これは土塁か何かの跡かな?

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麓に下ります。これ、全部山桜の木。満開だったら凄かったんだろうなぁ

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角館の代名詞、武家屋敷通り。

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青柳家。屋敷内も公開しています。勿論私も観てきました。

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それにしても凄い人ヒトひと・・・。全然見通せませ~ん(>_<)

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紅葉!?・・・なわけないか(^_^;) 赤と黒のコントラストって好きだな。

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うむ、桜は残念ながら終わってしまっていたが、新緑も悪くない。

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とても清々しい気分になりました♪

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途中、稲庭うどんを頂いたり、いろんな路地を散策しながら
角館の駅まで戻って来ました。左奥は秋田内陸縦貫鉄道線の駅舎。

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あ~コレ!・・・なんだったっけ?

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さて、そろそろホームへ入りますか。

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内陸線の電車。何度もお断りしておりますが、鉄チャンではありませんw

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角館→新幹線→仙台→仙北線と乗り継いで辿り着いた山形。
夜遅くまでかなりの賑わい、妖しいネオンも多く、かなりの繁華街だった。

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2012年5月4日 東北4県の旅2日目 Part1 盛岡

盛岡で迎える2日目の朝。窓の外は…雨。しかも本降り。
チェックアウト後、まずはホテルの近くを流れる北上川の支流・中津川を渡り、対岸へ。ここに盛岡城跡がある。特にこれと言って建造物もなく、雨の影響もあるのだろう、城攻め中、殆ど人に会わなかった(^_^;) でもそれほど期待していなかった割には石垣の高さとか、それなりに見応えはあった。桜山神社の烏帽子岩も面白かったし。
さて、攻城後は循環バスで盛岡駅まで出るつもりが、、、なんとまだ動いていない!始発は1時間後だって。。。仕方ないので歩きました。ま、たいした距離じゃないし。

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朝の散策に出発。ホテルと盛岡城跡の間を流れる中津川。
…それにしても昨日にも増してひどい雨。

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へぇ…見てみたかったな。

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腰郭の桜と石垣
これらが岩手の標準木?

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腰郭から見た本丸へと上がる石垣

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本丸にて。この台座の上にはかつて、どなたかの銅像があったとか。
かの戦争で武器弾薬の材料として接収されてしまったそうです。

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二ノ丸から廊下橋越しに本丸方面

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この辺りから雨が激しさを増した。少し先がけぶってる・・・。

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廊下橋。右が本丸で左は二ノ丸

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三の丸瓦門跡

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こちらは桜山神社。盛岡城三の丸から目に入り、
奥の大きな烏帽子岩が気になったので来てみた。

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しかし、ホントにデカい。。。

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「領民安堵」って・・・(^_^;) 何だかお殿様みたい。

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高いな~ここの石垣!

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さて、バスはまだ動いていないし、歩いて駅に向かいますか。

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駅までの道すがら、開運橋。
渡ったら開運して雨が止む、、、なんてことは無論ある筈もなく。

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盛岡駅。駅名のフォントが妙にシブい。

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駅構内の床。なるほど、わんこそばと河童ね、岩手だけに♪
さあ、また移動です!

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2012年5月3日 東北4県の旅、初日(弘前、他)

今年に入って早くも3度目の泊り一人旅。今回は東北です。
未だ城攻めで未踏破となっていた青森・岩手・秋田・山形の4県を北から順に巡って行く計画。更に今回はそこに「桜」も旅のエッセンスに加えるつもりで、あえて混雑するGWに突撃した。
ところが例年より遅れ気味だった筈の桜も、直前からの風やら雨やらの悪天候ですっかりピークを超えていた。おまけに旅の間もずっと雨に悩まされっ放し。随分と思惑とは違った結果とはなりましたが、何とか予定していたものは遂行。
この2泊3日の間、鉄道での総移動距離を調べてみたところ、推定1700km超!…車だとさすがに厳しかったな(^_^;) それでは初日から。

今回の旅は東京駅9:36発の東北新幹線「はやぶさ3号」で出発!の予定が、何と停電により遅延が発生していた。困るなぁ、乗り継ぎ列車も含めて全部予定組んでるのに・・・。GW真っ只中、観光や帰省客でゴッタ返す駅構内で暫し待ち惚け。結局35分遅れの10時10分過ぎに発車した。
そうそう、連休の混雑で切符が取れなかったので、今回は初めてのグリーン車!広いし、全自動のレッグレストは付いてるし、無料ドリンクサービスはあるし、、、至れり尽くせりって感じで3時間半の長旅も快適に過ごせた。ま、JR東日本が運航する東北新幹線には東海道と違って喫煙ルームすら設置されていないことを知った時はショックだったけどね(^_^;)
さて、新青森到着はぴったし35分遅れの午後1時40分前後。当然のことながら予定していた乗り継ぎ列車には間に合わず、次の弘前行きは特急。更に次となると1時間くらい待たなければならない。そんなことしていたら今日の予定が全て台無し!という訳で、特急券を持っていないが「そもそも遅れたJRが悪い!」と開き直って特急電車に乗り込むこととした。けどね、考えることは皆同じ。列車が到着しても乗り込む人が多過ぎてなかなか車内に入れず、やっとの思いで乗り込んでもデッキの壁に体を押しつぶされるような超満員。インドかどっかの映像で見たな、こんな光景。。。
そんなこんなで暑苦しいスシ詰め状態に耐えること25分、なんとか酸素がなくなる前に弘前駅に到着。助かった。。。

駅を出てみると予報通りの雨。しかも結構寒い。目の前から城跡公園直行バスが出ていたので急ぎ乗り込む。バスに揺られること約10分、いよいよ弘前城って所まで来て車内から失望の溜息が漏れる。そう、外豪沿いの桜はその大半がもう散っている。。。この天気でやられたか。大半の観光客はそれが目的なだけに、無念の思いが充満する(^_^;)
確かに桜もこの天気も残念だったけど、御三階櫓(天守)付近の桜は辛うじて待っていてくれたし、雨ならではの雰囲気もあった(負け惜しみ?)。自然相手なんで仕方ない。あとは写真の方で。

その後は駅に戻り、再び新青森を経由して新幹線(この乗り継ぎはダッシュで何とか間に合った)で少し南下。初日の宿泊地、盛岡へ。
盛岡駅前からは循環バスでホテルへ。真っ暗で人通りもなく閑散とした駅前で何とか乗り場を見付けると、なんと次が最終だった。本当に今日は何もかも綱渡り。。。

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弘前駅に到着。当然のことのように、雨です。。。

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藩祖、津軽為信公の銅像。降りしきる雨にも凛とw
(弘前文化センター前)

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東門より入城。桜はだいぶ散ってる…

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三の丸の桜並木。この夜、盛岡のホテルで傘を開いたら
この時の桜の花びらがビッシリと付いていた。

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お堀に桜の花びらの道が出来てる。。。

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東内門を潜ってすぐ、現在日本にある中では最古のソメイヨシノ
…だそうです。明治15年(1882)生まれ。

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二の丸からの御三階櫓(天守)
これで現存12天守のうち、10城目です(^^)v

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定番の下乗橋から(その1)

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その2。とにかくこの橋の上は大混雑で、しかも傘の花が
咲いてるので撮影場所を確保するのに苦労しました(^_^;)

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御覧の混雑ぶり。天守内に入るには40分待ち!?

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本丸にて。ここの桜は綺麗に咲いていました。

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本丸の石垣とお堀。北の郭から。

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館神跡から内濠沿いに御三階櫓

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ここのお堀は散った花びらで埋まってる…満開だったらさぞかし。

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なんだか城攻めっていうより、やっぱりお花見みたいになっちゃったな(笑)

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タクシーでチャチャっと戻った弘前駅前。く、暗い。。。(^_^;)

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駅構内では津軽三味線の演奏も。
さらば弘前!さあ、盛岡へ向かいます。

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最後に初日のお宿。盛岡にて。

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2012年4月15日 Part2 信松院

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八王子に戻って、信松院

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松姫の銅像
武田家滅亡時、八王子へ落ち伸びてきた時の姿。

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何だか・・・竜宮城みたい(^_^;)

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ここでも桜が綺麗だ!

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松姫(信松尼)のお墓

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今でもお花の絶えることはないという。
そういえば身延山久遠寺の日蓮聖人のお墓の横には、
松姫が援けたという保科正之(初代会津藩主)の生母の墓もあった。。。

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おぉ…別れの桜吹雪!
写真で分かりますかね? 

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2012年4月15日 Part1 身延山久遠寺

最近、遠くへ出掛けたい病がどうにも治まりません(^_^;)この週末も雨で鬱々としていた土曜日、Facebookで知人が身延線に乗って旅しているのを見かけ、「身延線?…身延といえば身延山!久遠寺!!」と、もうほぼ即決。思い立ったら吉日、早速行ってきてしまいました。
道中は至って順調。駐車場渋滞もまあ、狙っていた場所とは違う所に誘導されちゃって多少は苦労したけど、予定通り午前9時過ぎには到着。混雑を予期してまずロープウェイに乗っていきなり奥の院(身延山の山頂)から見学しました。
天気予報は良かったのだが、どういう訳か自分が富士山を見ようとすると雲がかかる。。。多少、普段の行いに自覚はあるので仕方ないのだが(^_^;) でも最後には顔を出してくれたし、「スッキリ!(日テレ)」で紹介されて人気だというお土産も買えた。
何より麓に戻って久遠寺の境内で見た有名な「枝垂桜」!もう最高。。。見頃に来て本当に良かった♪写真も桜中心になっておりますが、季節柄、ご了承ください(笑)
渋滞を避けて早めに八王子に戻ってからは、松姫(信松尼。武田信玄の娘で織田信忠の婚約者でもあった人。武田家滅亡時に八王子へ逃れ、後には会津藩初代藩主となる保科正之も養育した)の墓もある信松院へ。
ゆったり好きな歴史に触れて、たっぷりドライブ出来て満足な一日でした♪

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身延山久遠寺
まずはロープウェイに乗ってこちら、山頂の奥の院へ

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日蓮聖人お手植えの杉
全部で4本あります。

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二王門
その名の通り「密釈金剛力士像」と「那羅延金剛力士像」の二体が祀られる。

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ちゃんとお祓い(お清め?)してね~

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時折、雲が霧のように立ち込める。。。

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祖師堂

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山頂の展望台から
ようやく富士山が・・・!?

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2週続けて何とか拝めたから満足。
…さ、麓に戻りますよ。

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麓に下りて久遠寺境内にて。本堂

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そして、祖師堂にかかる枝垂桜

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まさに、絶好のタイミングだったのかも。。。

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仏殿

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そして桜に戻る…(笑)

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何だか離れ難くて随分長いこと佇んでいました。
間違いなく公式webで公開されているライブカメラに映っていたことでしょう(笑)

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大鐘と五重塔

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境内へと至る石段
想像以上の急勾配で、目も眩むような高さ!

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少し歩いて移動。こちらも満開!

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この先に・・・

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拝殿
この奥に日蓮聖人が眠る。。。

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日蓮聖人のお墓
さすがに荘厳で、無言の圧力を感じる。

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最後に、日蓮聖人が晩年を過ごした草庵跡
鎌倉時代、確かにここに…なんか凄いとしか言えない。 

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2012年4月8日 Part3 洒水の滝

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河村城訪問後、帰路に就こうとしたら不意に看板が目に入って立ち寄り。
何と名水百選!

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先程の入口からこんな道をてくてくと5分程度…

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云われは、、、分かりません!

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ほう、これが名水百選の湧水か。

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そして、洒水(しゃすい)の滝
この凄さ、感動は写真では伝わらない!(>_<) 直に行ってみてください!!

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2012年4月8日 Part2 河村城

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河村城に到着!
さ、どんどん登りますよ。。。これが何気にキツイ(^_^;)

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畝堀と桜♪

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本当に見頃です!

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小田原方面の眺め

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堀にかかる橋

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東名高速を見下ろす。
・・・なんか殆どただの観光(^_^;)

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河村城では筑紫が!

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まじめに城跡も。畝堀。階段状になっている。

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河村城、桜も城跡遺構も最高でした♪

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2012年4月8日 Part1 足柄城

  今週の日曜も好天に恵まれ、どうしても綺麗な富士山を撮りたくなって(+お城)、足柄まで出かけました。
ところが、東名高速「大井松田IC」を下りた辺りから雲の多さがどうも気になる。地元は雲一つない快晴だったのに…。嫌な予感が胸をよぎる。足柄峠の細い山道をせかせかと登り、辿り着いた先の眺めは…、悪い予感的中。晴れてはいるのだが、富士山がスッポリ隠れてる。
それでもしばらく「雲待ち」して僅かに頭を出したところを撮影。再び麓まで引き返して河村城、更に看板で目にしてから気になっていた「洒水の滝」にも立ち寄ってから帰宅。河村城は想像以上に面白かったし、洒水の滝はもう圧巻!本当に来て良かった。己の判断を褒めてやりたい!
往復160km強の日帰りドライブ、あとは写真でどうぞ。

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足柄峠を上り切り、足柄城に到着。
「新羅三郎義光吹笙之石」後三年の役の時の話と言うが…ホントに?

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足柄城址の碑
この階段を登るといきなり主郭に出ます。

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足柄城の主郭
さて、富士山は…

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やっぱり駄目だ~雲が…

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仕方ないので雲待ちの間、暫し周辺探索。
三の郭から二の郭を望む。間には堀切。

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金太郎伝説で有名な金時山

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主郭と南郭を断ち切る堀切(現在は峠の車道)にかかる橋(復原)

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ふと足元に目を向けると…ふきのとう!

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かろうじて富士山の頭が見えてきた。。。
この後またすぐに隠れてしまい、これ以上は断念!

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2012年4月1日 杉山城、菅谷館

晴天に恵まれた日曜日、本日は埼玉県嵐山町へ出陣です。・・・ところが。
出発の際、車に乗り込んでいざキーを回すとエンジンが掛からない!?どうやらバッテリーがあがっていたようです。最近、遠征とかしてマトモに動かしていなかったからなぁ。運転歴16年にして初めてJAFのお世話になりました(^_^;)
そんなこんなでとんだ出遅れとなってしまいましたが、あきる野ICから圏央道→関越道と乗り継いだ道中は至って順調。嵐山小川ICで下りて、まずは杉山城へ。
大手口にある積善寺の駐車場に車を停めさせてもらい、いざ攻城スタート!もうね、規模は小さいながらよく整備された遺構がこれでもか!ってくらい迫ってくる。郭の配置も非常に分かり易いし、城跡遺構のお手本って言ったらいいのかな、絶対にお勧めです!
杉山城の後は3kmほど離れた菅谷館へ。こちらも土塁やら堀切やら、遺構が綺麗に整備されていて見学し易い。近くには他に松山城とかもあるし、是非是非セットで回ってみてください。

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杉山城、大手口
なんかもう、いきなり凄いんですけど。

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土塁も堀も芝で綺麗に整備されています。

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本郭から東二の郭(手前)と三の郭(奥、下段)

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本郭から南二の郭、外郭
・・・格好良過ぎる!

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こちらが本郭
右手土塁の下が東二の郭になる。

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馬出し(右)と外郭(左)
北の搦手口の方も勿論回ったが、暗くていい写真が撮れなかった…(涙

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いや~素晴らしかった、杉山城!
名残惜しいけど杉山城、また来る!!


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菅谷館に到着~
まずは史跡の博物館見学。

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二の郭から本郭の土塁

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本郭
立派な土塁で守られています。

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畠山重忠像
なんか、表情が妙にリアル・・・(^_^;)

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本郭の出枡形土塁
素晴らしい・・・

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三の郭と西の郭を繋ぐ木橋
ホント、楽しかった!

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