お江戸散策 新選組やら漱石やら忠臣蔵やら。。。
はい、今週も仕事の合間にコソコソと動き回ってますよ、お江戸散策(笑)
日々お客さんとのアポイント時間の合間、少し時間が空くところで、その近所の史跡をピックアップして足を運ぶというスタンス(←あくまでも仕事はちゃんとやってるというアピールww)
では今週の月曜から。
大江戸線、国立競技場駅で降りて目的地に向かう途中、新宿御苑をチラ見。ボチボチ紅葉も本格化ですね♪
新宿区大京町、外苑西通り。
ここにはかつて新選組の沖田総司が晩年(といっても27歳)を過ごして最期を迎えたとされる植木屋平五郎の屋敷があった。総司が療養していた離れは丁度、この通りの真ん中辺りだったと云う。。。(屋敷の母屋は右に見えているレンガ造りのビルの辺り)
実はこの場所、初めは何の縁があるのか迂闊にも知らなかった。フォロワーさんに教えてもらい、調べて初めて知る。日々勉強。。。
その平五郎の屋敷のすぐ横にあったという池尻橋の欄干が、今も残されていた。無論、今は川は流れていません。
さて、お次は東京駅丸の内駅舎。こちらは火曜日だったかな?
9月の「古写真で巡る江戸城踏査会」でたまたま出会った元文化庁職員(自称w)のお爺さんの話では、あの中心部には江戸城を最初に築いた太田道灌の桔梗紋がはめられる、ということだったが…見たところ、それらしきものは無し!(笑)
ちなみに左右両サイドのドーム状の天辺には時計がはまってます。
その真下の正面玄関のような場所。桔梗紋ではないが何かの紋章が…。
あれ、何だったかな?
丸の内駅舎正面には広くて真っ直ぐな遊歩道が伸びている。この先に江戸城桔梗門がある。
そういえば数年前までの東京駅丸の内口がどんな形をしていたか…既に思い出せなくなっている(笑)
そして本日(11月1日)。
昼過ぎに本郷三丁目での商談を終え、次のアポは早稲田。しかし約束の時間まで1時間半以上空いていたため、大江戸線で牛込柳町駅へ移動し、外苑東通り沿いを北上しながら歩くことにした。
牛込柳町駅から徒歩すぐ、試衛館跡。
言わずと知れた新選組局長、近藤勇の天然理心流道場。街中の路地裏に埋もれ、見つけ出すのはちょっと大変。
更に北上、牛込保健センターの辺りで外苑東通りを左に折れると「漱石公園」
文豪・夏目漱石が晩年を過ごした場所。
漱石山房のベランダが復元されている。。。
「漱石終焉の地」 の案内板と、夏目家で飼っていた犬・猫の供養塔(復元)
再び外苑東通りに戻って北上、弁天町交差点で早稲田通りを左折。すぐ左手の路地に入ったところには宗参寺というお寺がある。
こちらには…
山鹿素行のお墓。
一時、赤穂浅野家へ配流されていたことから「忠臣蔵」でもその名が出てきますね。赤穂城にも銅像がありました。
たくさんのお墓の中から探し出すのは大変ですが、目印はこちらの石碑。
山鹿素行のお墓のすぐ脇には、何故か乃木希典が愛でたという桜「春日野」
何だかんだと早稲田駅前に到着。こちらの夏目坂通りには…
夏目漱石生誕の地があります。生まれも亡くなった場所も近かったのね。
向かって右の白っぽい建物の辺りが漱石生誕地。
ちなみに角の酒屋さんはかつて、「忠臣蔵」で有名な堀部安兵衛がまだ中山安兵衛と名乗っていた頃、あの「高田馬場の決闘」に駆けつける前に酒を飲んでいたお店。
さすがは「飲んべえ・やす」♪
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