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2013年1月19日 (土)

無量山 傳通院

今回の散策は東京メトロ丸の内線「後楽園」駅からスタートです。
春日通り沿いに富坂をのんびり上がっていきます。

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駅近くにはこのお方の銅像も。春日の地名の由来となった「春日局」。この辺りの土地を幕府から拝領していました。

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歩くこと10分少々、傳通院に到着♪

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こちらは元々「寿経寺」というお寺でしたが、徳川家康の生母・お大の方の菩提寺と定められて以降、その法名「傳通院殿」から取って「傳通院」と呼ばれるようになりました。
徳川家関係者や数多くの歴史偉人・著名人の墓所となっている他、塔頭の一つ「処静院」が新選組結成のきっかけとなる浪士組(発起人・清河八郎)の集合場所となったことでも有名です。
※処静院のことはフォロワーの恵美さんから教えていただきました。ありがとうございました♪

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傳通院境内

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本堂。瓦の先端、丸い部分の一つ一つ全てが「葵紋」でした♪

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では早速、墓マイラー(笑)
墓地横の観音堂に一声かけ、墓地の見取り図を購入(100円)してから。
※墓地は広い上に著名人のお墓でも案内板があるのは一部のみ。墓石も戒名で書かれているので何かしら見取り図なり地図なりがないと、とても見つけられません。

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家康の側室の一人、於奈津の方墓所。80歳の天寿を全うしました。
(清雲院殿心譽光質大禅定尼)

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浪士組を結成してこの地に集めた清河八郎の墓。
彼は後に暗殺されるのだが…傳通院に埋葬されていたのですね。
(清秀院忠正明義居士)

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そして、こちらが家康の生母・お大の方の墓所。
(傳通院殿譽光岳智香大禅定尼)

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徳川家の方々の墓所が並ぶ区画…

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千姫の墓所。初め豊臣秀頼、後に本多忠刻に嫁すも死別。その後は竹橋の邸で暮らしました。
(天樹院殿栄譽源法松山大禅定尼)

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徳川家光の正室・孝子の墓所。
(本理院殿照譽円光徹心大姉)

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一番右奥は家光次男・亀松君の墓所。
(月渓院殿華屋尊英大童子)

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水戸徳川家の重臣・藤井紋太夫の墓所。
最近「光圀伝」を読んだばかり。まさか傳通院に葬られていたとは…。偶然の出会い?に驚きました。
(光含院孤峯心了居士)

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墓マイラーを終えて…傳通院山門のすぐ脇には本来、処静院の山門前に建っていた石柱。
「不許葷酒入門内」(くんしゅもんないにいるをゆるさず)

※webなどで調べると、最近まで傳通院山門からもっと西側に離れた位置に建っていたようですが、どういう訳か今は目の前。山門も新しかったので建て替え工事か何かの折に移動したんでしょうかね?

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浪士組が集められた処静院は、大黒天で有名な福聚院(写真左手、肌色の建物一帯)の西にあった、とのことなので、この通りを50m程進んだ辺りではないかと思います。特に面影は残っていませんが…ある意味、新選組発祥の地。

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こちらが福聚院。肌色の建物は幼稚園だったのですね~(笑)

傳通院には他にも多くの偉人・著名人が埋葬されています。事前によく調べた上でゆっくりお参りしてみてください。

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