美濃山城オフ⑤ 岩村城
さて、オフ会もいよいよ佳境。
お次は標高717mに残る日本三大山城の一つ、岩村城です!
現地案内板より岩村城の古絵図。国内最高所に建っていた山城です。
近世城郭の石垣遺構がよく残っているので楽しみ♪
早速登城です☆
こちらの登城口から石畳の路を10~15分ほど進むと・・・
見えてきましたね♪
こちらは一の門を過ぎて土岐門を見た辺り。
追手門付近。
苗木では雨が、岩村では霧がいい雰囲気を演出してくれます♪さすが「霧ヶ城」!
追手門の「畳橋」が架かっていた箇所。
・・・いいなぁ
二の丸、菱櫓の石垣。この先に…
本丸の六段石垣!岩村城の象徴的な遺構部分ですね☆
六段石垣を横から…
本丸長局埋門跡の石垣
本丸
本丸から六段石垣を見下ろしてみる…ちょっと分かり辛いか(^_^;)
同じく本丸、南東側の虎口。何度折ってるのでしょう(笑)
本丸の南には二の丸跡が広がっていますが、私有地につき立入禁止。
良い遺構が眠っていそうな気配が濃厚なだけに残念。
岩村城には近世城郭の石垣だけでなく、周辺の尾根には中世期の堀切遺構なども残っています。
その一つに架かる土橋に立つ流星☆さんを尾根上から撮影会(笑)
戻りしな、日が射してきたので六段石垣をもう一度☆
江戸期の藩主邸(平成2年復元)
城下町に出てお昼です。五平餅定食♪
腹ごなしに城下町散策~♪
こちらの蔵元で有名な「女城主」の純米吟醸生酒も購入しました☆
全種類試飲させて頂いた上で選んだ1本。でもさすがに試飲7杯は少し酔った…(^_^;)
■ちなみに岩村城と「女城主」について
岩村城は中世以降、遠山氏が入っていました。戦国期後半、美濃を領する織田家と甲信を治める武田家との緩衝地帯として重要視した織田信長は、遠山景任に叔母(おつや)を嫁がせます。
しかし景任が死去すると、信長は更に幼い自らの五男を養子として送り込み、おつやが後見として城主のような立場で城を守りました。このおつやが「女城主」の由来。
その後、天正元年(1573)に武田家の武将・秋山虎繁(信友)の攻撃を受けると、岩村城は降伏開城します。この際、あろうことかおつやは敵将・秋山虎繁に再嫁し、養子にしていた信長の子を人質として甲斐に送ってしまいます。
まぁ、虎繁にしてみれば入城後の領民統治をスムーズに進めるための方便でもあったろうし、もはや後ろ盾を失った女の身では、おつやの側にも他に選択肢はなかったものと思われます。
だがこれが元でおつや、及び虎繁は後に織田家に降伏した際、捉えられて信長によって処刑されます。
おや?燕のつがいがお見送り♪
城下町もいい感じでした。
。oO(「女城主」、もう何本か買っておけばよかったかなぁ)www
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