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2013年9月 7日 (土)

勝幡城 -信長公を想う旅⑤

さて、「信長公を想う旅」も2日目です。
早朝8時に集合(メンバーは初日の飲み会から伊藤さんだけ抜けた7名)、まず向かうのは勝幡城!

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勝幡駅前に建つ信秀・土田御前、そして赤子の信長銅像。
信秀の顔・・・( ._.)

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そして、勝幡城のジオラマ♪
信長公の生誕地についてはこれまで那古屋城説や古渡城説もありましたが、信秀による那古屋城奪取が信長誕生の後だったことが判明した為、現在では那古屋城奪取前に信秀が居城としていた勝幡城こそ、織田信長生誕の地として確実視されています。
(古渡城は那古屋城の更に後)

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城域近くの嫁振橋欄干にあった復元図。

これを現在の地図に当て嵌めると・・・

地図
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およそこんな感じになります。地図を見ても分かる通り、完全に宅地化されています。

では何故、あんなに詳しいジオラマを作れたり、復元図を描けたりするの?と疑問に思われるかもしれません。それは江戸時代、尾張藩によって作成された絵図が残されていたからなのです(「中島郡勝幡村古城絵図」)。

果たして完全宅地化された現在の地形に、何かしらの痕跡を見出すことが出来るのか?今回はそれを目的として訪れてみました。

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本丸の北、地図地点に建つ勝幡城址の石碑。

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地図1地点。ジオラマや復元図でも確認できる通り、かつてここには木橋が架けられていました。道の左右は堀と推定。

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本丸の西半分を南北に貫通する日光川。江戸時代、治水の為に開削されました。
信長公が生まれた場所、もしかしたらこの川の真上かもしれないんですね。。。

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地図2地点。こちらの本丸東側には土橋が架けられていました。
写真左右に横切る道路・・・盛り上がっていませんか?!もしや、土橋の痕跡!…と思いたい(笑)

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地図地点から南の本丸方面。
足元から徐々に窪んでいって10m程先でまた盛り上がっています。これは本丸北側の堀の痕跡ではないかと考えます。

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地図地点に建つ石碑。
「織田弾正忠平朝臣信定古城蹟」と読めます。信長公のお祖父さんですね。

住宅地の中をウロウロする7人の集団・・・完全に不審者でしたね(笑)
でも
いずれまた、機会があれば探索範囲をもっと広げて歩いてみたいです☆

(参考文献:「信長の城」 千田嘉博著 岩波新書)

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