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2013年9月 7日 (土)

小牧山城 -信長公を想う旅③

永禄6年(1563)、織田信長は小牧山に城と城下町を建設、清州から居城を移しました。
では早速、小牧山城攻めスタート☆

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山麓、城山をグルッと囲む土塁。その断面が展示されています。
ちなみにこの土塁は信長築城当時のものではなく、天正12年(1582)の小牧長久手の合戦時、小牧山に陣を布いた徳川家康による改修で築かれたものと推定されています。

図1
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「帯曲輪地区」と呼ばれている山麓東側の図面。
堀と土塁に守られた内側に水路?のようなもので区画された曲輪がいくつも並んでいる様子が分かります。おそらく身分の高い武将たちの館があったのでしょう。

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その「帯曲輪地区」。現在は公園のように整備されていますが、曲輪を区画する水路状の溝はちゃんと残っていました。

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図1を付けた曲輪。他の曲輪と違い、ここだけは周囲を立派な土塁で囲まれていることから特別な場所=織田信長の居館だったのでは?と考えられています。北側の一辺には他の曲輪群と一線を画すように立派な堀も(写真)。
山頂の本丸が彼のプライベートな居館だったとすれば、山麓のこちらは外交や政治を司るオフィシャルな場所だったのかもしれません。

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小牧山城と南側の城下町の様子。
一番手前(南)にも城下町を守るように土塁と虎口(2ヶ所)が築かれていた様子が再現されています。もしこれが現在でも残っていたら感動ものだったよな~

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木橋がとーっても邪魔ですが(^_^;)、立派な虎口。
こちらも家康による築造。

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では、主郭部へ♪
真っ直ぐ伸びる大手道を行くあっぴん。兄やんと、城ガール隊々長。

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山麓から一直線に伸びていた大手道も、中腹に掛かり主郭が近付いてくると途端にクネクネと左右に折れ始めます。
・・・安土城にソックリですね☆

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中腹で突如として現れる横堀。これもおそらく、徳川軍の手によるものと思います。

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本丸下に露出している石垣。
発掘調査の結果、信長が築いた小牧山城は主郭の周囲を石垣(段石垣)で固めたお城だったことが判明しました。
段石垣になっていたのは小牧築城時点ではまだ、安土のような高石垣を積む技術が無かったからではないかと考えられています。

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最後に小牧山城を訪れたのは8年前の2005年。その後に行われた発掘調査の成果をこの目で見れるかも、と期待して来ましたが、、、残念ながら既に埋め戻された後。
発掘の様子を伝えるパネルはいくつも展示されていましたが・・・。

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小牧山々頂の主郭に建つ天守風建物・・・(^_^;)
小牧市歴史館です。

手前に見えている銅像の台座の岩ですが・・・
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現在は石段のように上下2段に分かれています。
しかし、ご覧のように手前(上)の岩の縁に残る矢穴の跡と下の段に残る矢穴の形状が一致することから、元は一つの巨岩だったことが分かっています。
(岩が割られた時期は江戸期初頭と推定)

そしてこの岩、小牧山では産しない花崗岩なのです。この周辺で花崗岩が採掘出来る岩崎山は小牧長久手合戦時は秀吉の勢力下。当然家康が採掘できるはずもありませんので、まず間違いなく信長が運ばせて、この場所に据え付けさせたのです。
理由は様々考えられますが、主郭の入口部分にあたりますので鏡石的な意味合いもあったのかもしれませんね。

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歴史館最上階の展望回廊から。正面に岐阜城の金華山が見えています♪

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石垣に使用されていた石や裏込め石など。

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この記事を書きながら、8年前の自らの訪城記を読み返してみましたが・・・ホントに適当、甘かったね(^_^;)
多くの人に出会い、こうして一緒に城巡りをさせて貰っているうちに少しは成長できたってことかな?(笑)

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最後に中腹北側に残る出枡形。こちらも徳川軍による築造と思われます。

信長による築城と家康による陣城改修。2つが入り交じった遺構もまた、歴史を雄弁に物語っていました。

(参考文献:「信長の城」 千田嘉博著 岩波新書)

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