松坂城と城下
旅の4日目、最終日。
いつまでも鈴鹿の興奮の余韻に浸っていたいところではありますが、関東に帰らなくてはなりません。。。
でも、その前にちょっと寄り道♪
松阪に来たらここは見ておかないとね、蒲生氏郷が築いた松坂城☆
いきなりスケールの大きい石垣・・・
松坂城の図面
大手にあたる表門付近に建つ「松阪城跡」碑
まずは歴史民俗資料館で松阪の歴史と文化のお勉強。
ちなみにこちらの建物、明治45年の竣工。
本丸下段、多聞跡と太鼓櫓跡(奥)
本丸上段、金ノ間櫓跡に建つ「松阪開府之碑」
そして天守台
三層の望楼型天守が乗っていたそうですが、残念ながら正保元年(1644)の大風で倒壊。
天守台の石垣。こういう風情も好きです。。。
本丸上段。周囲をグルッと石垣が囲みます。
天守台の南西側、きたい丸に残る角櫓跡。
横矢仕掛けの為の構造でしょうか・・・結構ツボです、こういう遺構(笑)
きたい丸からの眺め
いいねぇ…
中御門跡の石垣
ところで、松坂城隠居丸には江戸時代の国学者として有名な本居宣長の旧宅が移築されています。
まずは「本居宣長記念館」で「古事記伝(傳)」や日記(共に重要文化財)などの貴重な資料を見学してから・・・
本居宣長旧宅と書斎「鈴屋」
「鈴屋」は二階、障子が開いてうっすらと掛け軸が見えている四畳半です。掛け軸には「縣居大人(師・賀茂真淵)之霊位」とあります。
宣長はこの部屋で「古事記伝」などを著していったのですね…床柱には横板をはめ、鈴を下げて音を愉しんだと云います。だから「鈴屋」。そしてマンホールの絵柄にもなったエピソードもここからだったのですね♪
鈴屋に上がるために使っていた階段
何だか不思議な形・・・
二ノ丸から見下ろすと、城を警護する武士団が住んだ「御城番屋敷」の瓦屋根が見えます。
あの辺りも城内、三ノ丸だった場所です。
御城番屋敷には今も人が住んでいますが、一番お城側の一軒だけは当時のままの姿で公開されています。
昔の武士の住まいを見るにつけ、質素な暮らしだったんだな~と実感。
御城番屋敷の路地から松坂城の石垣。
ちょっとお城から離れて町も散策します。
松阪商人の代表格、「現金掛け値なし」の三井家発祥の地。
松阪商人の館。豪商・小津家の旧宅で見学できます。
敷地内から発見(発掘?)されたと云う「万両箱」
残念ながら、中身は空の千両箱が入っていただけだそうですが(笑)
一介の武士などよりも遥かに裕福な暮らしぶりが伺えます。
松阪商人の館を出て、一本裏の路地を進むと…
本居宣長旧宅跡
ここに先程の、現在は松坂城跡内に移築されている旧宅が建っていたのですね。。。
さて、今回の旅はこれでおしまい。
お昼頃に松阪を発ち、東名の御殿場を過ぎた辺りからは渋滞にもハマりながら、何とか無事に帰宅致しました。
実は松阪周辺には来月(11月)にもまた来るんですよね、偶然ですけど…(^_^;)
今回の史跡巡りは駆け足になったので、見落とした箇所や回り切れなかった場所にも行けたらいいなぁ~