島津、岩崎、前田…洋館旧邸めぐり
◆旧島津公爵邸

旧島津公爵(元薩摩藩主)邸は五反田駅から徒歩10分、清泉女子大学キャンパス内にあります。
通常は非公開ですが、東京文化財ウィーク2014の一環で10月29日のみ、一般に公開されていました。

玄関のステンドグラス。あれはやはり、島津家の家紋だよね…(≧▽≦)

元々この地には仙台藩伊達家の下屋敷がありましたが、明治初年に島津家の所有に移ったそうです。
その後しばらくは伊達家下屋敷の建物を使用していましたが老朽化が進み、大正6年にご覧の通りの洋館に建て替えられました。
同年5月には大正天皇・皇后が行幸啓され、時の寺内首相や松方正義、山本権兵衛、東郷平八郎らも参列したと云います。

数年前の大河ドラマ「龍馬伝」のロケにも使われたとか。
毎正時には邸内を見学できるツアーも組まれていますが、予想外の混雑ぶりで直近のツアーは既に満員、更にその次まで1時間半も待たなくてはならなかったので諦めました。
◆旧岩崎邸

さて、お次は湯島駅から徒歩すぐにあるこちら、、、

言わずと知れた三菱財閥創始者、岩崎弥太郎の旧邸(明治29年築)です。

邸内は撮影禁止なので写真はありませんが、それはまぁ見事なものでした。暖炉だけでも一体いくつあったんだろう…?

和館も併設されています。

ビリヤード場(撞球室)
洋館と地下通路で繋がっているそうです。

土佐の地下浪人の倅が、まさかこれほどの邸宅を構えるまでになろうとは、当の本人もきっと想像すらできなかったでしょうね…(;^ω^)
◆旧前田侯爵邸

最後に駒場公園内に建つ旧前田侯爵(元加賀藩主)邸へ。

第16代当主・前田利為の本邸として、昭和4年に築かれています。
元々は文京区本郷(赤門で有名なあそこですね♪)にありましたが、関東大震災後の復興計画で当地に移転してきました。

こちらは邸内も撮影OKだったので、、、

とっても素敵ですが、自分で住むとなると広過ぎて落ち着かないなぁ…(;・∀・)

利為の書斎

そして寝室

さすがに当時、東洋一の邸宅と称されただけあって、とても立派なお屋敷でした。

旧島津公爵(元薩摩藩主)邸は五反田駅から徒歩10分、清泉女子大学キャンパス内にあります。
通常は非公開ですが、東京文化財ウィーク2014の一環で10月29日のみ、一般に公開されていました。

玄関のステンドグラス。あれはやはり、島津家の家紋だよね…(≧▽≦)

元々この地には仙台藩伊達家の下屋敷がありましたが、明治初年に島津家の所有に移ったそうです。
その後しばらくは伊達家下屋敷の建物を使用していましたが老朽化が進み、大正6年にご覧の通りの洋館に建て替えられました。
同年5月には大正天皇・皇后が行幸啓され、時の寺内首相や松方正義、山本権兵衛、東郷平八郎らも参列したと云います。

数年前の大河ドラマ「龍馬伝」のロケにも使われたとか。
毎正時には邸内を見学できるツアーも組まれていますが、予想外の混雑ぶりで直近のツアーは既に満員、更にその次まで1時間半も待たなくてはならなかったので諦めました。
◆旧岩崎邸

さて、お次は湯島駅から徒歩すぐにあるこちら、、、

言わずと知れた三菱財閥創始者、岩崎弥太郎の旧邸(明治29年築)です。

邸内は撮影禁止なので写真はありませんが、それはまぁ見事なものでした。暖炉だけでも一体いくつあったんだろう…?

和館も併設されています。

ビリヤード場(撞球室)
洋館と地下通路で繋がっているそうです。

土佐の地下浪人の倅が、まさかこれほどの邸宅を構えるまでになろうとは、当の本人もきっと想像すらできなかったでしょうね…(;^ω^)
◆旧前田侯爵邸

最後に駒場公園内に建つ旧前田侯爵(元加賀藩主)邸へ。

第16代当主・前田利為の本邸として、昭和4年に築かれています。
元々は文京区本郷(赤門で有名なあそこですね♪)にありましたが、関東大震災後の復興計画で当地に移転してきました。

こちらは邸内も撮影OKだったので、、、

とっても素敵ですが、自分で住むとなると広過ぎて落ち着かないなぁ…(;・∀・)

利為の書斎

そして寝室

さすがに当時、東洋一の邸宅と称されただけあって、とても立派なお屋敷でした。
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