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2015年2月13日 (金)

亀山本徳寺

旅の最後は亀山本徳寺へ。
行程が押して16時の閉門時間ギリギリ(20分前!)の到着となってしまいましたが、何とか間に合いました~(汗)

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本徳寺本堂

本徳寺は明治元年の火災で本堂が焼失した為、明治6年になって京都の西本願寺から同寺の北集会所の建材を移築して本堂として再建されました。
…つ・ま・り、これこそ新選組が西本願寺に屯所を置いていた時期、まさしく彼らが使用していた建物なのです!!

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近藤も土方も沖田も永倉も斎藤も、そして源さんも・・・み~んなが歩いていたであろう廊下(^O^)

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ちゃんと本徳寺さんも紹介してくださっています(笑)

そして、そこかしこの柱には・・・

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新選組隊士が付けたであろう、刀疵が・・・

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これでもか!ってくらいにギザギザ…(^_^;)
隊士の皆さん、いったい何やってんの?(笑)

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平成26年9月に西本願寺で発見された史料の中で、土方歳三が;
隊士一人につき畳一枚分しか寝る場所がない。しかも暑くて仕方なく、病人も追々出ていて公用を務めるのも難しくなっており、隊士らの不満を制止できない。
と訴えてきたとの記録が残っていた、その空間。
幕府御典医・松本良順が訪れた時も、そこら中に病人が寝転がっていたと云います。

土方の訴えを受けた西本願寺は南北の壁を取り払って風通しを良くし、更に内陣後堂にも畳を敷いて使える場所を広げたとのことでしたが、、、

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内陣とはこの辺りのことかな?
後堂はきっと、金色の引き戸の向こう側。

西本願寺の新発見史料については、こちら↓の記事もご参照ください。
「土方歳三のゆ・う・う・つ」 -本願寺史料研究所公開講座

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なんだか近藤さんや歳さんが並んで腰掛けていそうな雰囲気ではありませんか♪

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ようやく念願叶っての訪問。感無量です。。。

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本堂のことにしか触れていませんでしたが、奥に見える太鼓楼なども素敵でした。
本徳寺は元々英賀にあり(英賀御堂)、一向衆の中心的な存在として織田軍に対抗してきましたが、後に秀吉によってここ亀山の地に移されました。

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感激に浸る間もなく、16時になったので閉門(笑)
しかし充分に堪能できたので満足です!

…さて、これにて1泊2日の旅もおしまい。
最後は姫路駅近くの喫茶店でお茶してから解散。ご一緒くださった皆さん、お世話になりました。ありがとうございます☆

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