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2016年4月24日 (日)

山名城、根小屋城

2日連続に渡る城攻めでさすがに疲れ果て、オフ会を無事に終えてホッとしたのも束の間…登山装備を解除しようとしていた私に掛けられた、こばたかさんの一言・・・
「まだ外さないでください、終わってないですよ」
・・・・・・ま・さ・か!?

そうだよね、ここまで来てスンナリ帰る訳ないよね…こばたかさんが(^_^;)
という訳で2人で延長戦へ突入(笑)

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延長戦、1城目は山名城へ。
山ノ上碑の臨時駐車場に車を置き、長い石段を上ると・・・

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古墳と、

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山ノ上碑を保護している建屋があります。

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山ノ上碑
その碑文から、天武天皇10年(681)の建碑と考えられています。
・・・さすがに外からでは、碑文は読み取れません。

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山ノ上碑から先は、ご覧のようなよく整備された遊歩道を進み、ものの5分も歩くと・・・

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山名城に到達します。
源義家の孫・新田義重の子・義範がこの城に拠って山名氏を称した頃から、というので相当古い歴史があるようです。

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そのまま進むと根小屋城へと続く山道を逸れると、すぐにハッキリとした堀切がありました。

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竪堀も

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こちらは主郭西側の堀切

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主郭

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主郭に建つ山名城址

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主郭東側の堀

他の部分も見て回りましたが、写真がよろしくないのと、記憶が曖昧なので省略…(;-_-)

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再び山道に戻って1.2~3km先の根小屋城へ向かいます。

根小屋城は永禄年間に武田信玄が上野の監視、及び狼煙城として築かせた城です(関東古戦録、他)。
そして昔から、信玄が上野計略のための軍資金を根小屋城近くの尾根に埋めた、という土地の伝承が残っているのだそうです。
その場所を踏むと、足元は空洞になっているので音が響くことから「鳴るが尾根」と呼ばれているのだとか・・・。以前には、麓の村の子供が戦国期の古銭を拾ったこともあるそうです。

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城域に到達して最初に出迎えてくれる堀切

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その一段上、主郭と帯郭の間を隔てる横堀を進む。

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この横堀には幾筋か、畝のような土盛りがありましたが・・・雑草で分かりづらいですね。

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横堀を時計回りに北側へ進んだ先には、堡塁のような出郭も。
しっかり堀で仕切られています。

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井戸跡

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井戸跡の東側には、主郭北側を守る横堀が続いているのですが、その横堀との間には土橋も。

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そして主郭北側の横堀
この横堀の更に外側にも・・・

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最外郭の横堀が廻らされていました。

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横堀から見上げる主郭切岸

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外側に目を向けると高崎~前橋の街並みが一望の下に…♪
まさに上州の監視には、うってつけの立地ですね。

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主郭東側の堀切。そのまま竪堀が落とされています。

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主郭枡形虎口
なかなか綺麗な枡形です。

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最後に主郭
思っていたよりもしっかりとした遺構が残っていて楽しめました、根小屋城。

さ、今度こそここ強調)、この日の城攻めも終了です(笑)
想定外に暑くなり、本当に持てる体力を使い切って疲れましたが、楽しかった。

一日ご一緒させていただいた皆さん、そして自宅まで送迎してくれたこばたかさん、本当にありがとうございました。

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