賀茂競馬

本能寺を出た後は地下鉄で北山駅まで移動し、鴨川の畔を歩いて・・・

上賀茂神社(賀茂別雷神社)へ

鳥居を潜ると、早くもお馬さんたちがスタンバイ♪
そう、5月5日は年一回の神事、賀茂競馬(くらべうま)が開催される日なのです。
五月五日、賀茂の祭。競馬御神事、天下御祈祷の事に候。幸ひ御在洛の儀に候間、御馬を仰せ付けられ候様にと、伺ひ申すのところ、信長、度々、かち合戦にめさせられ候蘆毛の御馬、並に鹿毛の御馬二つ、其の外、御馬廻の駿馬を揃へ十八疋、都合廿疋、十番の分仰せ付けらる。御馬の儀は申すに及ばず、廿疋の御馬、御鞍・鐙・御轡、一々、何れもゝゝ、名物の御皆具仰せ付けられ、おびただしき御結構なされ、舎人、是れ又、美々しき出立、上古にも承り及ばず。然うして、黒装束の禰宜十人、赤装束の禰宜十人、右の廿疋の御馬に乗り、一番宛馬を走らかし、勝負を争ひ申すなり。蘆毛の御馬・鹿毛の御馬、元来、駿馬にて、達者なれば、申すに及ばず。御馬は、何れも勝ち申し候なり。末代の物語、貴賎・老若の群集申すばかりなし。天下諸色仰せ付けられ、
(信長公記 巻七「賀茂競馬の御馬仰せ付けらるゝの事」より)
今年(2016)で923年目を迎える伝統の行事で、天正2年(1574)には織田信長も、自らの駿馬や馬廻衆の愛馬20頭を出走させ、様々な道具類も提供しています。
のみならず、この年は引用した「信長公記」の著者でもある家臣・太田牛一を奉行として派遣(「賀茂注進雑記」)し、信長自らも足を運んで神社から接待を受けた記録が、上賀茂神社の算用状(「賀茂別雷神社文書」)に残っています。

この日のため、参道横に設営された馬場

竹矢来の内は、神様が観戦なさるための頓宮。
鉾が立てられているのは、既に神様が頓宮へお入りになった証。

桐の花も咲いていました。

席を確保した後は参拝へ。

こちらも5月5日のこの日だけ振る舞われる、神山湧水で淹れた珈琲。
境内の清涼な雰囲気の中で頂く珈琲はまた格別です。

上賀茂神社ジオラマ

上賀茂神社も今年度の非公開文化財特別公開で本殿や、織田信長接待の記録が残る件の算用状などが公開されています。

さて、席に戻ります。
この後、お馬さんたちが駆け抜ける馬場。

炎天下の中、ただひたすら待ち続けること数時間・・・いよいよ参道で神事が始まりました。
この後彼らは本殿へ向かい、奉幣の儀などが執り行われます。

馬場を曳かれていく出走馬たち

装着している馬具も往古以来の形式に則ったもの。鞍には5月5日らしく、菖蒲が描かれています。鐙も独特ですよね、乗るのが難しそう。
信長が用意させた馬具も、こんな感じだったのでしょうね。

可愛い警固衆が馬場の点検

彼らも腰に菖蒲を差しています。

騎手にあたる「乗尻」も騎乗して、頓宮の神様にご挨拶。
この時、乗尻は鞭を立てて一礼します。
赤の装束を身に纏ったのが左方で、黒は右方。太田牛一も「信長公記」の中で;
黒装束の禰宜十人、赤装束の禰宜十人
と記していますね。彼が「禰宜」と書いているのが乗尻です。
競馬は左方・右方それぞれ一騎ずつ、2頭で競馳し、天正2年のこの時は10番(20頭)行われたようですが、現在では通常5番行われます。
しかし、本年は式年遷宮を終えたばかりということで、特別に7番組まれていました。

競馳前に馬場を曳かれる出走馬。
正式には各番全て競馳前に7往復したそうで、最後の勝負が行われる頃には日も暮れていたのだとか…(^_^;)
今年は1番目と最後の7番目のみ作法に則り、あとは1往復に省略されていました。

いよいよ競馳の開始!
競馳は1馬身離してスタートし、200m先のゴールでその差が縮まったかor離れたかで勝負を競います。

躍動感溢れる走り。
乗尻は神様に競馬を知らせるため、大声をあげながら騎乗しています。

埒最前列に陣取ったので、とにかく凄いスピード感と迫力です。

出走後、右方は馬場横の念人握で勝敗を確かめ、勝っていれば「おかちにござる」と声を掛けられ、白い絹の旗を与えられて勝ち名乗りをあげます。
逆に負けると・・・「おまけにござる」

同じように左方は、参道を通って・・・

左方後見(勝負判定者)高台横の念人握へ向かいます。

最後の1番…とにかく想像以上の迫力。

暑くて待っている間は大変だったけど、観に来て本当に良かった。

競馬を終えて・・・
頓宮前の鉾も、神様がお帰りになったので寝かされています。
さて、この後は電車で近江八幡まで移動し、翌日の安土周辺めぐりに備えました。
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