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2016年12月20日 (火)

摺針峠に残る中山道の旧道

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ひとしきり佐和山城を堪能した後は、すぐ近くの摺針峠へ移動。
峠のピークに建つ神明宮から散策を開始し、鳥居本側へ旧中山道を下っていきます。

※摺針峠の街道を整備し、中山道の元となる東山道のメイン・ルートをこちらへ移したのは織田信長です。
この辺りのことはコチラの記事で詳しく触れていますので、合せてご参照ください。

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峠に建つ明治天皇磨針峠御小休所碑。
ここには江戸時代、望湖堂という茶屋が設けられて、参勤交代の大名や朝鮮通信使、皇女和宮降嫁の際にも立ち寄るなど、大変繁盛していたようです。
そのあまりの繁盛ぶりに、峠を挟む番場と鳥居本の両宿場から奉行所へ、望湖堂の本陣まがいの営業を慎ませるよう、訴えが出されたこともあるとか。
望湖堂は平成3年の火災で残念ながら焼失し、こちらの建物は後に望湖堂を模して再建されたものだそうです。

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中山道の碑

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まずは車道に沿って下っていきます。

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少しすると、車道から逸れる階段が出てきます。
これが中山道の旧道入口。

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摺針峠の中山道

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手すりや柱が邪魔ですが、峠の旧道特有の堀底道になっている様子は、よく見てとれるかと思います。

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一旦車道に分断されますが、ちゃんと車道の反対側へ繋がっています。

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車道を渡って再び旧道へ。

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織田信長が整備させた摺針峠の街道について、奈良東大寺金堂の僧侶の日記「東金堂万日記」には;
スリハリ峠ヨコ三間、深サ三尺ニホラル。人夫二万余、岩ニ火ヲタキカケ、上下作之。濃刕よりハ三里ホトチカクナルト也。
とあります。
横三間(約5.5m)×深さ三尺(90cm)・・・なんとなく雰囲気が伝わってきませんか?
この街道整備によって、美濃からの距離が三里(約12km)も短縮されました。

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旧道に沿うように、脇には細い水路も設けられていました。

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織田信長や皇女和宮も間違いなく通った道です。

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現在の車道と違い、旧道はほぼ一直線に峠を下っていきます。

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雰囲気を楽しみながら歩いていると、あっさりと麓に達しました。

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いつまでも歩いていたい気分になります。

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国道8号線脇の車道に合流するポイントに出ました。

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国道沿いに建つ摺針峠の碑。

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ところで、中山道の旧道は国道には合流せず、下ってきた峠道から真っすぐ先へ続きます。

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そのまま、この細い路地?を抜けると・・・

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なんと、中山道と北国街道の追分の石碑が建っていました。
こんな人目にもつかないような狭い路地が、2つの街道の追分だったとは・・・驚きました。

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さて、中山道はここで一旦途切れますので、我々も国道へ。
しかしすぐにまた、あちらのY字路左から再開されます。

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Y字路の中山道入口付近に建っていました。
後で調べたところ、米原市と彦根市の境は1kmほども北側・・・何故この場所に?

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中山道鳥居本宿

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佐和山城の城門(門扉)転用と伝わる、専宗寺太鼓門の天井を眺めつつ・・・

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中山道(左)と朝鮮人街道(彦根道/右)との追分へ。
※専宗寺以降、誰も付いてきていなくて、気が付いたら一人になっていました…(^_^;)

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追分の道標

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追分から見る朝鮮人街道方向。
奥に見えるのが佐和山。朝鮮人街道は前記事でも書いた通り、そのまま佐和山城内(太鼓丸下)を通過して、彦根側へと続いていきます。

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鳥居本の南、小野の集落。
小野小町の生誕地とも伝わり、集落内には小野小町塚があります。

さて、山城踏査会 & 忘年会からの1泊2日の旅も、これにて無事終了。
今回も、織田信長の歴史に関わり深い地をたくさんめぐることができ、念願だった佐和山城や朝鮮人街道の切通、摺針峠の旧道も歩けて大変充実した旅になりました。参加させていただき、本当にありがとうございました。
最後は私の希望に付き合わせちゃって、スミマセンでした…(^_^;)

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