北関東のスパルタ城めぐり (群馬編)
ゆっきーを迎えての北関東城めぐり、続いては群馬編です。

この日4つめのお城は金山城。
こちらも8年ぶり2度目の訪問になります。
●の駐車場までは車で登り、まずは左の見附出丸から順に観ていきます。

山麓側から見附出丸への土橋と虎口。
土橋の両サイドは堀になっています。

出丸側から城外・・・頼みもしないのに土橋でポーズをとる赤い人。

「見附塹壕」の標識のあった遺構・・・喰違虎口の堀切と土塁です。
一部、石積みも残っていました。

遊歩道とは別に、古い城道も(右)

西矢倉台西堀切

物見台下堀切に架かる通路

物見台下堀切
剥き出しの岩盤の上(右)が、物見台になります。

馬場
奥に物見台、その先が堀切になっています。

馬場曲輪の先の大堀切・・・と赤い人。

月ノ池
その先、右斜め奥へのルートが大手虎口。

月ノ池付近から斜面下を見下ろす。
発掘調査でも進めているのでしょうか・・・遠目に石垣らしきものも見えていました。

大手通路を進みます。
石垣を復元したエリアですね。

大手通路を振り返る。

日ノ池
前回はここまでで満足して帰ったな、確か…(^_^;)

現存石垣を求め、本丸(右)と二の丸間の堀切を進む。
・・・中央奥に見えるものについては、もう何も言わない(笑)

本丸切岸に残る石垣

}こちらにも。

本丸には新田義貞を祀る新田神社
この後は北城を目指し、尾根を少し下ります。

本丸北側の尾根を少し下った先にあった堀切。
更に少し進むと・・・

坂中城址(北城)の石碑が建っており、周辺には数段の曲輪跡が残っているようなのですが・・・如何せん藪が酷くて探索を断念。
金山城・・・唐沢山城同様、改めていいお城だなと実感する再訪でした。
またまた移動し、この日5つめのお城は・・・

桐生柄杓山城です。
駐車スペースから、割と緩やかな山道を5分少々も登ると三の丸へ到達します。

ルートに沿って登ると最初に出迎えてくれる、三の丸手前の堀切。

三の丸の南脇には、横堀らしき痕跡も見受けられました。

三の丸には、その横堀へ下りるための虎口らしき折れを伴った溝状の遺構も・・・
写真手前から奥に向かい、そこで右へ折れて右下の横堀に繋がっていたのですが・・・写真では伝わらないですよね(^_^;)

反対側から・・・奥から手前へ向かって左に折れて下っている様子を汲んでいただけると幸いです、忖度で(笑)

三の丸と二の丸間の堀切
ここから北曲輪の尾根へ進みます。

北曲輪の堀切・・・1本目。

そして2本目。
堀切の先には馬出状の小さな曲輪があり、三方を土塁で囲まれています。
(赤い人の右手方向です)
この後は主郭部の尾根に戻り、本丸北面の切岸を這うように回り込みながら石垣を探しましたが・・・残念ながら見つけられませんでした。

本丸

本丸下の横堀状の溝(西側)
桐生柄杓山城、なかなか見応えのある城跡でした。
さて・・・桐生柄杓山城を無事下山した後は、とりあえず高崎方面を目指しつつ作戦タイム。
残る候補先は膳城・大胡城・箕輪城など・・・日曜夕方の上り渋滞と、ゆっきーの帰りの新幹線の時間を考慮しつつ、
(ゆっきーが一番行きたい)箕輪+何城追加できるか、、、
箕輪だけに絞るか、、、
いや箕輪までの移動時間+見学所用時間を考えると、今回は箕輪を諦めて他の城にすべきでは、、、
などと(こばたかさんの頭の中で)葛藤を繰り返した結果、結論としては膳城をラストに攻めて〆よう、ということになりました。
・・・うん、この時点では確かにそうなっていたはず。←

という訳で膳城。
天正8年の武田勝頼による素肌ぜめの伝承で知られるお城です。本丸、及び二の丸跡の周囲に遺構が残っているようです。

本丸

本丸から見下ろす横堀

二の丸西側の土橋と横堀

一つ前の写真の横堀のすぐ外側にももう1本、並行するように横堀が走っていました。
この一帯は横堀が複雑に入り組んでいて、二の丸の西から北へかけては堀が二重に連なり、その間の空間は帯曲輪のようになっていたのかもしれません。

その帯曲輪状の土塁から。
写真では捉えきれていませんが、左右両方に横堀が通っています。
現在に遺構の残る城域こそ狭いものの、堀や土塁、切岸の規模はなかなか見応えのあるものでした。
さぁ膳城攻めも終え、ゆっきーを迎えての北関東の城攻めも、これにて無事終了~!!
汗だくになったシャツも着替えたし、あとは事故なく無事に帰るだけ・・・
とはスンナリ行かないのがこばたか流。
ええ、そうでしたね・・・去年も2度3度と翻弄されましたよね、そういえば・・・もう着替えちゃったよ(笑)

という訳で、まだイケる!と判断したこばたかさんによって連行されました・・・追加の山上城。
ま、膳城のすぐ近くだしね。

山上城の模型・・・でいいのかな。
手前の広い空間が三の丸で、奥へ進むに連れて二の丸→本丸(→北郭)と配置されています。

三の丸は芝生の広場になっていました。
この広場を横切っていくと・・・

なかなか綺麗な横堀が取り巻いていました。

その堀底。

二の丸側から、少し高くなっている本丸の切岸を見る。
赤い人の先には薄っすらと、横堀のような痕跡も残っていました。

本丸から見下ろす北郭。
北郭を囲む横堀も綺麗に見えて、なかなか格好いい眺めです。

その北郭の横堀。
まさかの延長戦でしたが結構楽しい城跡でした、山上城。
この日、1日でめぐったお城の数:7城。
唐沢山や金山といった規模の大きなものもフルでめぐっているので、なかなかにハードでした・・・ホントにドSなんだから(笑)
なんだかんだとイジリ倒しましたが、早朝のお迎えから運転、城の選択、資料の準備まで、こばたかさんには本当にお世話になりました。ありがとうございます。
ゆっきーもまたいらっしゃい、関東へ・・・次はもう少し上手な作戦を考えて話を通しておくから(笑)

この日4つめのお城は金山城。
こちらも8年ぶり2度目の訪問になります。
●の駐車場までは車で登り、まずは左の見附出丸から順に観ていきます。

山麓側から見附出丸への土橋と虎口。
土橋の両サイドは堀になっています。

出丸側から城外・・・頼みもしないのに土橋でポーズをとる赤い人。

「見附塹壕」の標識のあった遺構・・・喰違虎口の堀切と土塁です。
一部、石積みも残っていました。

遊歩道とは別に、古い城道も(右)

西矢倉台西堀切

物見台下堀切に架かる通路

物見台下堀切
剥き出しの岩盤の上(右)が、物見台になります。

馬場
奥に物見台、その先が堀切になっています。

馬場曲輪の先の大堀切・・・と赤い人。

月ノ池
その先、右斜め奥へのルートが大手虎口。

月ノ池付近から斜面下を見下ろす。
発掘調査でも進めているのでしょうか・・・遠目に石垣らしきものも見えていました。

大手通路を進みます。
石垣を復元したエリアですね。

大手通路を振り返る。

日ノ池
前回はここまでで満足して帰ったな、確か…(^_^;)

現存石垣を求め、本丸(右)と二の丸間の堀切を進む。
・・・中央奥に見えるものについては、もう何も言わない(笑)

本丸切岸に残る石垣

}こちらにも。

本丸には新田義貞を祀る新田神社
この後は北城を目指し、尾根を少し下ります。

本丸北側の尾根を少し下った先にあった堀切。
更に少し進むと・・・

坂中城址(北城)の石碑が建っており、周辺には数段の曲輪跡が残っているようなのですが・・・如何せん藪が酷くて探索を断念。
金山城・・・唐沢山城同様、改めていいお城だなと実感する再訪でした。
またまた移動し、この日5つめのお城は・・・

桐生柄杓山城です。
駐車スペースから、割と緩やかな山道を5分少々も登ると三の丸へ到達します。

ルートに沿って登ると最初に出迎えてくれる、三の丸手前の堀切。

三の丸の南脇には、横堀らしき痕跡も見受けられました。

三の丸には、その横堀へ下りるための虎口らしき折れを伴った溝状の遺構も・・・
写真手前から奥に向かい、そこで右へ折れて右下の横堀に繋がっていたのですが・・・写真では伝わらないですよね(^_^;)

反対側から・・・奥から手前へ向かって左に折れて下っている様子を汲んでいただけると幸いです、忖度で(笑)

三の丸と二の丸間の堀切
ここから北曲輪の尾根へ進みます。

北曲輪の堀切・・・1本目。

そして2本目。
堀切の先には馬出状の小さな曲輪があり、三方を土塁で囲まれています。
(赤い人の右手方向です)
この後は主郭部の尾根に戻り、本丸北面の切岸を這うように回り込みながら石垣を探しましたが・・・残念ながら見つけられませんでした。

本丸

本丸下の横堀状の溝(西側)
桐生柄杓山城、なかなか見応えのある城跡でした。
さて・・・桐生柄杓山城を無事下山した後は、とりあえず高崎方面を目指しつつ作戦タイム。
残る候補先は膳城・大胡城・箕輪城など・・・日曜夕方の上り渋滞と、ゆっきーの帰りの新幹線の時間を考慮しつつ、
(ゆっきーが一番行きたい)箕輪+何城追加できるか、、、
箕輪だけに絞るか、、、
いや箕輪までの移動時間+見学所用時間を考えると、今回は箕輪を諦めて他の城にすべきでは、、、
などと(こばたかさんの頭の中で)葛藤を繰り返した結果、結論としては膳城をラストに攻めて〆よう、ということになりました。
・・・うん、この時点では確かにそうなっていたはず。←

という訳で膳城。
天正8年の武田勝頼による素肌ぜめの伝承で知られるお城です。本丸、及び二の丸跡の周囲に遺構が残っているようです。

本丸

本丸から見下ろす横堀

二の丸西側の土橋と横堀

一つ前の写真の横堀のすぐ外側にももう1本、並行するように横堀が走っていました。
この一帯は横堀が複雑に入り組んでいて、二の丸の西から北へかけては堀が二重に連なり、その間の空間は帯曲輪のようになっていたのかもしれません。

その帯曲輪状の土塁から。
写真では捉えきれていませんが、左右両方に横堀が通っています。
現在に遺構の残る城域こそ狭いものの、堀や土塁、切岸の規模はなかなか見応えのあるものでした。
さぁ膳城攻めも終え、ゆっきーを迎えての北関東の城攻めも、これにて無事終了~!!
汗だくになったシャツも着替えたし、あとは事故なく無事に帰るだけ・・・
とはスンナリ行かないのがこばたか流。
ええ、そうでしたね・・・去年も2度3度と翻弄されましたよね、そういえば・・・もう着替えちゃったよ(笑)

という訳で、まだイケる!と判断したこばたかさんによって連行されました・・・追加の山上城。
ま、膳城のすぐ近くだしね。

山上城の模型・・・でいいのかな。
手前の広い空間が三の丸で、奥へ進むに連れて二の丸→本丸(→北郭)と配置されています。

三の丸は芝生の広場になっていました。
この広場を横切っていくと・・・

なかなか綺麗な横堀が取り巻いていました。

その堀底。

二の丸側から、少し高くなっている本丸の切岸を見る。
赤い人の先には薄っすらと、横堀のような痕跡も残っていました。

本丸から見下ろす北郭。
北郭を囲む横堀も綺麗に見えて、なかなか格好いい眺めです。

その北郭の横堀。
まさかの延長戦でしたが結構楽しい城跡でした、山上城。
この日、1日でめぐったお城の数:7城。
唐沢山や金山といった規模の大きなものもフルでめぐっているので、なかなかにハードでした・・・ホントにドSなんだから(笑)
なんだかんだとイジリ倒しましたが、早朝のお迎えから運転、城の選択、資料の準備まで、こばたかさんには本当にお世話になりました。ありがとうございます。
ゆっきーもまたいらっしゃい、関東へ・・・次はもう少し上手な作戦を考えて話を通しておくから(笑)
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コメント
北関東の城巡り楽しそうで、裏山でした!
次回は是非ともご一緒したいです(*・ω・)ノ
ただ、スパルタは勘弁願いたい…笑
投稿: 流星☆ | 2017年10月 7日 (土) 03時39分
流星☆さん>一応、口では「女性がいる時はスパルタじゃない」とは言ってたけど・・・tantanさんと一緒の時も容赦なかったので、たぶん嘘(笑)
投稿: しみず@管理人 | 2017年10月 7日 (土) 15時46分