騎西城

今回の日帰りドライブはまず、埼玉県加須市の騎西城跡へ向かいました。

騎西城復元図
築城時期や築城者は不明ですが、永禄6年(1563)には武州松山城の救援に間に合わず、方向転換?した上杉輝虎(謙信)に攻められて落城しています。
遺構はほぼ何も残っていないようですが、この復元図を元に主だったポイントを歩いてみることにします。
※冒頭写真のような天守風の建物もありますが、この復元図で見る限り、その立地は当時の堀の中にあたるようですね…(;^_^A

生涯学習センターの片隅に建つ天神曲輪跡の標柱。
標柱の位置が曲輪の端にあたるようなので、写真で標柱の左側(天守風建物のある方)は当時、堀だったことになります。

天神曲輪の土塁跡
唯一と言ってもいい、騎西城の遺構なのですが・・・

昭和40年頃に撮られた写真を見る限り、その後の整備段階で多少盛り直されていそうですね。

復元図aの堀があったと思われるポイント。

同じくbの堀跡と推定したポイント。
考え過ぎかもしれませんが、堀跡の高低差(窪み)をそのまま、水田に利用したようにも見えてきます。

大手門跡
復元図によると、畑の部分が堀跡ということになります。

生涯学習センターまで戻って、二の丸跡。
二の丸跡は、生涯学習センターの敷地や宅地でほぼ埋め尽くされているようです。
折角なので、本丸跡の方にも向かってみます。

復元図c地点から、本丸跡方向を見た様子。
写真手前の地表面が低く、家屋が建ち、車などが置かれている場所は一段高くなっていましたが・・・なんとも言えません。
その気になったら、なんでも城の痕跡に思えてきちゃう・・・(笑)
さて、暑さも厳しい(まだ6月も前半だというのに、この日の気温は車の温度計で35度を指していました)ので騎西城跡めぐりはこの辺りで切り上げ、次は深谷市へ向かいます。
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