亀田八幡宮、一本木関門、他 ― 箱館戦争めぐり⑫ ―
2日目のラストは、函館市内を転々と。
函館市八幡町、亀田八幡宮の旧拝殿。
明治2年(1869)5月15日に兵粮尽きた弁天台場が降伏し、16日未明には、五稜郭への撤退命令を拒んだ中島三郎助父子3名の玉砕をもって千代ヶ丘台場が陥落するに及び、榎本武揚ら旧幕府脱走軍はこれ以上の抗戦を諦め、新政府軍への降伏と五稜郭の開城を決断します。
翌17日の朝、この亀田八幡宮旧拝殿前にて新政府軍参謀の黒田了介(清隆)らとの会見に臨み、最終的には無条件での降伏を受け入れました。
旧拝殿前での降伏式の様子。
降伏式(会見)を終えて一旦五稜郭に戻った榎本らは、翌18日に改めて出頭して五稜郭も開城し、1年半にも及ぶ戊辰戦争の最後を飾る箱館戦争は終結を迎えました。
旧拝殿には、箱館戦争時の弾痕も残されています。
紛らわしい穴がたくさん開いていて判断が難しいのですが、この写真のものなどは銃弾の痕で間違いないと思います。
つづいて一本木関門跡へ。
まずは総合福祉センター敷地内の土方歳三最期之地碑にお参り。
そして一本木関門跡。
一本木柵に沿って流れていた亀田川の支流跡。
※一本木関門と土方歳三最期の様子については、コチラの記事でもう少し詳しく触れています。
没後150年の節目に、この地に立てたことに感謝。
弁天台場跡の碑に・・・
弁天台場で戦い抜いた新選組最後の地碑。
赤レンガ倉庫の近く、日本最古のコンクリート電柱。
これにて2日目の行程も終了。
3日目は松前~江差方面へ遠征します。
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