御嵩城 …天正2年の明知城攻防①
旅の2日目。
朝7時に岐阜駅前を出発し、瑞浪市方面へ向かう途中で中山道の御嶽宿近くを通ったため・・・
急遽、御嵩城(本陣山城)に寄り道。
正月廿七日、武田四郎勝頼、岩村口に相働き、明智の城取り巻くの由、注進侯。則ち、後詰として、
二月朔日、先陣、尾州・濃州両国の御人数を出ださる。
二月五日、信長御父子御馬を出だされ、其の日は、みたけに御陣取り。
(信長公記 巻七「明智の城いゝばさま謀叛の事」)
天正2年(1574)1月27日、武田勝頼が岩村口へ出陣して明知城(恵那市明智町)を包囲したとの知らせを受けた織田信長は2月5日、信忠を伴って岐阜を出陣して後詰に向かい、その日は御嵩に宿陣しています。
御嵩城(本陣山城)縄張図
本陣山城は御嵩を拠点とし、本陣山の東にある権現山(金峯山)に城を構えていた小栗信濃守が、天文年間に新たに築城して拠点を移した城と伝えられています。
「御嵩城址」とは、この本陣山城と権現山城を合わせた呼称としているそうです。
二ノ丸から本丸(展望施設のようなものが建っている箇所)方向。
間には堀切も。
本丸から足元の物見跡。
御嵩城(本陣山城)越しに、御嶽宿の町並みを見渡す。
御嵩に宿陣した信長らは、翌6日には瑞浪市土岐町の神箆城(鶴ヶ城)まで進んでいます。
という訳で、我々もいざ瑞浪市へ。
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