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2021年6月

2021年6月14日 (月)

玉川上水の始点…羽村取水堰

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羽村取水堰が描かれた、羽村市のデザイン・マンホール。

江戸の水不足を解消するため、幕府の肝煎りで承応3年(1654)に完成した玉川上水
現在でもその一部は現役で東京都水道局の施設として稼働していますが、その取水地点こそ、この羽村取水堰なのです。

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前回の記事でご紹介した旧鎌倉街道歩きの後、取水堰への道すがらに見かけた「羽村橋の欅」
樹齢は400年とも600年とも推定される、見事な巨木です。

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玉川上水の開削工事を請け負い、その功績によって「玉川」姓を許された玉川兄弟の像。
あれ…兄弟の足元に何かいる?と、後ろへ回り込んでみたら・・・

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あら、こんにちは(笑)

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展示されていた牛枠(川倉水制)
水の流れを弱め、堤防が壊れたりするのを防ぐ目的で用いられてきた治水技術の一つです。

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現在の取水堰や水門の位置関係図。
取水堰で多摩川の水を堰き止め、その脇の第一水門から水を引き入れて玉川上水へ流す、という仕組みになっています。

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取水堰
支柱の間に桁を渡し、投渡木(なぎ)という横に架ける板材を縦の木材で支えて水を堰き止める仕組みで、その構造は「投渡堰」と呼ばれています。
大水の時は縦の木材を取り払い、投渡木ごと川に流してしまうのだそうです。

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玉川上水側から見た第一水門(右奥の白っぽい壁面部分)
ここから取り込まれた水が、遠く江戸の町まで流れて行くのです。
第一水門手前の小さなアーチが並ぶ部分は、上水の水量を調節するための放流口です。
江戸時代には、この水門も木材で築かれていました。羽村市郷土博物館に実寸大で復元された展示があります。

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玉川上水の総延長は、羽村から江戸の入り口となる四谷大木戸まで約43㎞。
その間の高低差は92m強なので、上水は100mにつき僅か21㎝の傾斜をつけて開削されていきました。
上水の開削に要した期間は8ヶ月ほど(堰や水門の構築は別)とのことなのですが、重機もない時代にこれだけ繊細で、且つ大掛かりな工事をたったの8ヶ月で完成させるとは・・・ちょっと想像もつきません。

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羽村取水堰と第一水門
多摩川の流れが、上の写真で堰の奥に見える小山にぶつかって左(写真向かって右)へ折れ、少し緩やかになる地点だったからこそ、この地が取水ポイントに選ばれたのだそうです。

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上流側から。
堰(右)で多摩川の水を堰き止め、水門から取り込んで左奥へ続く玉川上水へ流す・・・その仕組みがよくわかる配置でした。

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玉川水神社
玉川上水が承応3年(1654)に完成した際、水神宮としてこの地に創建されました。
明治26年に玉川水神社と名を改められています。
石燈籠には天保年間の刻印がありましたが、本殿も天保年間の創建なのだそうです。

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多摩川水神社境内に保存されている、玉川上水羽村陣屋門。
元は堰のすぐ脇を通っていた奥多摩街道の旧道に面して建っていたそうです。

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最後は郷土博物館にも立ち寄り。
先ほども書きましたが、江戸期の木造の水門や、明治以降の水門の実寸大展示が見応えあります。

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郷土博物館の敷地内に移築展示されている、旧下田家住宅。
弘化4年(1847)の建築で、国の重要有形民俗文化財に指定されています。

以前から折に触れ、玉川上水をピンポイントでめぐったりしていましたので、羽村取水堰もずっと気にはなっていました。
どうしても織田信長、戊辰戦争関連やお城、地方の史跡めぐりを優先して後回しになっていましたが、コロナ禍は遠方への外出を著しく制限し、それが期せずして地元周辺の史跡に目を向け直すきっかけにはなりました。

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羽村駅前に残る旧鎌倉街道

今回は東京都羽村市までおでかけ。
目的は玉川上水の始点となる羽村取水堰でしたが、事前にあれこれ調べているうち、羽村駅前に旧鎌倉街道と推定される道が残っていることを知り、取水堰へ向かう道すがら、そのルートを辿ってみることにしました。
と、その前に・・・

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羽村駅東口近くにある「まいまいず井戸」
いつの時代に作られたのかは諸説あるようですが、井戸の形態などから鎌倉時代のものと推定されています。
作井技術が未熟な時代に、筒状に深く掘り下げることが難しい砂礫層に井戸を設ける必要から、ある程度の深さまではすり鉢状に掘り下げ、螺旋状に通路を設けて井戸まで下りて使用していたようです。
この形状がカタツムリに似ていることから、まいまいず(=カタツムリ)井戸と呼ばれています。

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私も螺旋状の通路を下りて近づいてみましたが、井戸の底は見えませんでした。

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駅の西口側へ移動し、旧青梅街道(左)と旧鎌倉街道(右)が交錯する地点。

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旧鎌倉街道の案内標識も建っていました。

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今でこそ住宅街の細い路地といった風情ですが、どことなく古道の雰囲気は感じさせます。

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都道29号線を跨ぐ旧鎌倉街道(立体歩道橋の右脇)
あちらの歩道橋の上から旧街道を見てみることにします。

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この地点まで歩いてきた北西の方角に・・・

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この後に向かう南東方向。

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しばらく進むと旧鎌倉街道は、正面に見える羽村東小学校に遮断されて消滅します。
実際には小学校の校庭を横切って遠江坂を下り、多摩川を渡って滝山(八王子市)の方まで南下し、更には鎌倉街道上道へと続いていた模様です。
※滝山近辺の旧鎌倉街道についてはコチラ、上道に関してはコチラの記事も合わせてご参照ください。

なお遠江坂は、永禄6年(1563)に滝山城主の北条氏照が三田氏を滅ぼした後、その家臣である大石遠江守がこの地に入り、坂の上(羽村東小学校付近)に館を置いたことから、その名で呼ばれるようになったのだとか。

さて、私も小学校を迂回して遠江坂(写真撮り忘れ…)を下り、羽村取水堰へ向かいます。
(次の記事へ)

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2021年6月 8日 (火)

払沢の滝

2021年6月8日、平日に休暇をもらって、東京都檜原村にある払沢の滝までドライブしてきました。

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駐車場に車を停めて遊歩道を進みます。
途中、こんな不思議な建物も。

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遊歩道はとてもよく整備されており、この季節は軽装でも充分に森林浴を楽しめます。

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遊歩道の脇には、払沢の滝へと続く沢が流れていました。

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この日は今年初の30度超えとなって暑くなりましたが、沢の流れが涼やかでとても癒されました。

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歩き始めてから10分ほど・・・いよいよ見えてきました。

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東京都内では唯一、日本の滝百選に選ばれている払沢の滝

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滝壺に陽射しが当たり、それがまた何とも言えず綺麗でした。
この滝壺には大蛇が棲むとの伝説も語り継がれてきたそうです。

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滝の水の流れ落ちる様子が、僧侶が使用する払子が垂れたように見えることから、かつては「払子の滝」とも呼ばれていました。

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アングルを変えて・・・。

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うん、とてもいい気分転換になりました。

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往路では気づかなかったのですが、遊歩道の入口付近に「山男のガチャ」なるものが設置されていました。
檜原村で伐採された木材を使った小さな雑貨や玩具が入っているようです。

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「500円は高いかなぁ~」なんて思いながらも・・・買ってしまいました(笑)
ゲットしたのはサイコロ型のバードコール。木材がまだ真新しく、木の香りがとても爽やかに香っていました。

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2021年6月 2日 (水)

スナックエンドウ・キュウリ・京みどりの初収穫(家庭菜園2021③)

早いものでもう6月。エンドウたちを植えてから3ヶ月、他の苗も植えてから2か月近くが経過しました。


■5月12日
早くも様々な野菜に花が咲き始めました。

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茄子

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キュウリ

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ミニトマト


■5月16日

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キュウリの葉に恐れていた症状が・・・うどんこ病です。

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下の方の症状が強い葉は摘除し、それ以外は専用の薬で対処しました。
お陰様できっちりと抑えられたようです。

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暖かくなるに連れ、成長が早まってきたゴーヤにネットを設置しました。
上手いことカーテンができるといいな。


■5月22日

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スナックエンドウも初めての収穫を迎えました。
莢エンドウは日々、順当な収穫が続いています。

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ところが・・・背丈が2mを超えたところでネットの補助もなくなり、スナックエンドウが互いに絡み合って重みに耐えかね、茎がポッキリと折れてしまっていました。

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まだ花もたくさんついていたのに・・・残念、油断しました。

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無事だった株も摘芯し、ロープで補助を強化しました。

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この日は、京みどりの実が育ち始めていることも確認。楽しみが増えました。


■5月24日

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ゴーヤも綺麗な花を咲かせています。


■5月26日

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この日もスナック・莢エンドウ共に、たくさん収穫できました。
これらは晩のおひたしに。


■5月27日

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枝豆にも莢がつき始めました。


■5月29日

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今度はスナックエンドウが、うどんこ病の餌食に・・・。
薬で対応していますが、なかなか改善の兆しはありません。

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早生タイプだった莢エンドウはめっきり収穫が減り、スナックエンドウも、この先はあまり数を見込めそうにありません。
やはり茎が折れてしまったのも痛かったなぁ・・・。

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茄子の実がひょっこり顔を出しているのを確認。

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昨年からのミント。
今年はどことなく、葉の色が悪いような気もします。

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こちらは茗荷エリア。
順調に背丈を伸ばしています。


■5月30日

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早くもキュウリの初収穫を迎えました。

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昨年は100本を超えましたが、今年はどのくらいなってくれるでしょうか。


■6月1日

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キュウリの第2号収穫。
エンドウたちはいよいよ、収穫が減ってきました。


■6月2日
それでは今月のまとめを。

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畑A
ミニトマトもですが、キュウリがグングンと背を伸ばしました。

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キュウリは既に2本収穫していますが、後続も順調そうです。

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ミニトマトのイエローアイコ。
実がついてから結構経ちますが、いまだ色づいてはくれません。

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こちらはSUNTORYから出ている純あまという品種。

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そうそう、京みどりも第1号を収穫しました。

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京みどりは、後続の実も順調に増えてきました。

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最初に顔を出していた茄子の実は、なぜか実割れして傷んでしまっていました。
シシトウ系もよく、実になる部分が枯れて地面に落ちていることがあります。

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しかし、茄子は他にも実ができ始めています。

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茄子に関しては昨年に比べ、少し成長が悪いような気もしていますが・・・これからの挽回に期待したいところです。

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万願寺トウガラシの小さな実。

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鷹の爪も花を咲かせ始めています。

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成長著しいゴーヤ。

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どういう訳か、一方の株には雌花ばかりが咲き・・・

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もう一方には雄花しか咲かないという謎の現象が起きています。
まだ成長過程なので、この先どうなっていくのかはわかりませんが・・・。

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畑B
エンドウたちはもうすぐ終了の見込みです。

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早生タイプの枝豆の莢。

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通常タイプの枝豆にも。

しかし、やはり植える時期が早過ぎたのか、どちらも株が充分なサイズまで成長しておらず、莢の数も少ないです。
昨年も春に植えた枝豆は同じような状態で、その後、暑くなってから始めただだちゃ豆はまずまず順当だったからなぁ・・・。

さて、ひと月後にはどんな成長を見せてくれているでしょうか。

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