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2023年12月 9日 (土)

長崎市内観光&歴史旅…①

11月下旬、前乗りも含めると4泊5日で長崎~熊本への旅に出かけてきました。
11月22日は職場から空路長崎市入りし、ホテルへ直行。実質的な旅は23日からのスタートとなります。
今回はその23日、長崎市内を単独でめぐった様子をご紹介します。

ホテルを出発し、まず最初に向かったのは・・・

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長崎駅からもほど近い、日本二十六聖人殉教地(西坂公園)。
慶長元年12月19日(1597年2月5日)、豊臣秀吉の命で6名の外国人と20名の日本人キリシタンが処刑された地です。
この26名の殉教者たちは文久2年(1862)、時のローマ教皇によって聖人に列せられました。

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西坂公園に建つルイス・フロイスの記念碑。
「日本史」をはじめ、数多くの著述を残したフロイスは晩年、この長崎の地からローマへ向けて、26聖人殉教の記録を書き送りました。
彼が世を去るのは、この殉教事件から僅か5ヶ月後のことです。

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路面電車で少し移動し、この龍馬通りをひたすら上った先に・・・

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亀山社中記念館。
坂本龍馬や陸奥宗光、沢村惣之丞らが活躍した亀山社中の跡地に建ちます。
復元されたという建物も見学させていただきました。

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亀山社中記念館の建つ丘の頂上、風頭公園展望台からの眺め。

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風頭公園に建つ坂本龍馬像。

この後は丘を下りつつ、幾人かの歴史人物のお墓をお参りしていきます。

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上野彦馬墓。
日本最初期の写真家で、高杉晋作や桂小五郎らも撮影しました。
また、今回の旅で私が最後に訪れる予定の田原坂の戦跡も撮影しています。

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こんな鬱蒼とした山道を下り・・・

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幕末期の砲術家、高島秋帆とその家族の墓所。
2021年の大河ドラマ「青天を衝け」にも、その初期段階で登場しました(演:玉木宏)。

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近藤長次郎墓。
勝海舟に師事して神戸海軍操練所にも入所しました。
亀山社中結成にも参加して手腕を発揮しますが、慶応2年(1866)、英国への単独渡航計画が露見して社中の盟約違反を咎められ、小曾根邸にて切腹して果てました。
墓標は切腹した小曾根邸の梅花書屋にちなみ「梅花書屋氏墓」とあります(坂本龍馬の筆によるとも)。長崎を不在にしていた龍馬はその死を惜しみ、「俺がいたら殺しはしなかったのに」と妻・お龍に洩らしたと云います。
なお、高島秋帆から砲術も学んでいて、墓も当初はその秋帆の墓(前掲)の裏手に葬られていましたが、後に小曾根家墓地内に移されました。

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丘を下った後は、「長崎といえば」ということで眼鏡橋も冷やかしつつ・・・

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フロイス通りを南西方向へ。

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小曾根邸跡。
近藤長次郎自刃の地でもあります。

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旧長崎県庁跡地。
ここは、16世紀後半にはイエズス会により岬の教会(サン・パウロ教会)が建てられ、江戸時代には長崎奉行所西役所となり、幕末には海軍伝習所なども設けられた地です。
今でこそ埋め立てによって景観は失われていますが、その昔はまさに岬の突端のような立地でした。

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海軍伝習所の様子を描いた江戸期の絵の通り・・・

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すぐ目の前には出島の跡地があり・・・

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絵の中で、兵隊の列が大砲を引き上げている石段もこの通り、坂道として地形を留めています。

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この日のラストは出島へ。

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明治期の洋風建築が並ぶエリア。

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ミニ出島。

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石造りのアーチ門には、オランダ東インド会社の「VOC」。

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幕末、オランダ人によってジャカルタ地方から持ち込まれたデジマノキ。

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復元エリア。

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こちらの2階が商館長、カピタンのお部屋。

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壁紙がちょっと刺激的でした(笑)

さて、翌日は旅の仲間と合流し、もう少し市内観光を続けます。

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