幻の居城?!…二の宮山
或る時、御内衆悉く召し列れられ、山中高山、二の宮山へ御あがりなされ、此の山にて御要害仰せ付けられ候はんと上意にて、
(信長公記 首巻「二宮山御こしあるべきの事」より。以下引用同)
ある時、織田信長は側近の家臣らを従えて二の宮山へ登り、この山に居城を移すと告げます。
尾張國二宮といえば大縣神社。二の宮山とは大縣神社の背後にそびえ、山頂には奥宮も鎮座する本宮山を指します。
当時敵対していた犬山城や稲葉山城(岐阜)との位置関係からも、矛盾しない立地です。
という訳で我々も、大縣神社本殿(写真を撮り忘れました)への参拝を済ませて早速、本宮山へ取り掛かります。
おおよそ七~八合目付近から、犬山城を遠望する眺め。
爰の嶺、かしこの谷合を、誰々こしらへ候へと、御屋敷下され、
40分ほども登ったでしょうか・・・山頂の奥宮へ到着。
山頂からの眺め。
名古屋市街方面も望めましたが、残念ながら小牧山方面は道中も含め、全く眺望がききませんでした。
此の山中へ清州の家宅引き越すべき事、難儀の仕合せなりと、上下迷惑大形ならず。
こんな山深い場所へ引っ越すのは大変だ、と家臣らが戦々恐々として渋っていると、信長は急遽方針を転換し、小牧山への移転を決めます。
これには家臣らも「小牧山ならば麓まで川続きで、引っ越しにも便利だ」と、ドッと喜んで移っていったと云います。
最初から小牧山への移転を告げれば、それもまた不満の対象となって上手くいかなかっただろうに、まずは二の宮山を持ち出したことで小牧山への移転をスムーズに遂行したとして、太田牛一はこれを信長の奇特なる御巧み、としていますが・・・さて、真相や如何に。
さて、昨年1月以来、実に13ヶ月ぶりの歴旅となった今回の1泊2日。
旧交を温めて今後の展望もお話しできたし、個人的にはまだまだ大変な状況が続きますが、希望あるリスタートを切れた旅となりました。
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