佐川官兵衛の墓参 大分の旅②
前乗りの夜も明け、大分オフ初日の朝を迎えました。
合流前の朝の散策に、大分から電車で1駅の牧駅で下車、そこから15分ほど歩いて、、、
大分縣護國神社へやってきました。
緑深い参道を進み、まずは参拝。
資料館のような寄須処前に展示されていた、弾痕の残る鉄扉。
旧第十二海軍航空廠高城発動機工場第六工場の扉で、米軍機による機銃掃射の痕が数多く残ります。
・・・この大きな鉄扉を振り仰ぎながら石段を下りていたところ、石段下の窪みに気づかずに足を取られ、横倒しになるほど、もう信じられないくらい派手に転びました。
足首は捻って捻挫するし、膝は大きく擦りむくし、ズボンには穴が開くし、、、とんだ災難でした。
よそ見には厳重注意です(-_-;)
展望所のような場所からの眺め。
工場群の向こうには別府湾も見えています。
さて、護國神社を訪れた一番の目的の場所へ向かいます。
参道の石段を下った先、参道から横へそれた場所にそれはあります。
西南の役における政府軍戦死者たちの墓地です。
正面奥、向かって左端に目的の人物は眠っていました。
元会津藩家老、佐川官兵衛のお墓です。
明治10年に勃発した西南戦争の折、佐川は豊後口警視隊一番小隊長として従軍しています。
明治10年3月18日、阿蘇二重峠の薩摩軍陣地に切り込んだ佐川は激戦のさなか、胸に被弾して壮絶な戦死を遂げました。
墓石の横には彼の命日も刻まれています。
こちらには「豊後口警視隊一番小隊長」とでも彫られていたのでしょうか。
「豊後口警」までは読み取れました。
さて、それでは大分駅に戻って仲間たちと合流します。
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