大友氏遺跡 大分の旅③
大分駅でオフ会の仲間と合流した後は、膝を負傷した私の傷薬を購入したりしてから車で小移動。
大友氏遺跡へ。
まずはボランティアガイドの方の案内で、大友館跡を巡ります。
この日は偶然にも大友宗麟の命日(1587年旧暦5月23日)だったこともあり、鶴崎踊りの奉納が行われていました。
おもて(主殿)跡付近から、東の大門跡(看板の辺り)方向。
その先には町屋が広がっていたそうです。
振り返ると、大友氏の詰の城・高崎山城・・・ちょっと遠いね(笑)
こちらの白い玉砂利は、発掘で判明した建物(らしき)跡を示しているそうです。
確かにラインが真っすぐになっていますが、直線に揃えなかったのはなぜでしょう?
三ケ月形の小さな池。
右の平坦な区画もやはり建物跡で、右に続く庭園との位置関係から、庭園を望む茶室だったのではと想定されています。
その庭園。
出土した植物の種子等も参考にしながら植栽まで想像復元されています。
この地で宗麟と面会したフランシスコ・ザビエルも眺めたでしょうか。
大友館跡、なかなか見どころの多い遺跡でした。
続いては大友館跡から南へ1㎞ほど、上野台地の北端に築かれた上原(うえのはる)館跡へ。
車を停めると早速、南面の土塁が出迎えてくれます。
上原館跡も大友氏遺跡を構成する遺跡群の一つです。
大友氏館と意見が分かれるところですが、有名な「二階崩れの変」の舞台としても有力視されているようです。
土塁の上から。
両サイドがぐっと下がって高低差がはっきりとしています。
北側の館内部も今は宅地に。
西山城(上原館の別名)大友屋形址
この土塁だけでも一見の価値ありです。
この後は大分でしか展開していないという「鳴門うどん」で美味しいうどんをいただいた後、戸次川合戦の舞台へ向かいます。
| 固定リンク
「お城、史跡巡り 九州・沖縄」カテゴリの記事
- 長岩城 大分の旅⑦(2026.06.28)
- 臼杵城 大分の旅⑥(2026.06.27)
- 岡城 大分の旅⑤(2026.06.26)
- 戸次川古戦場 大分の旅④(2026.06.25)
- 大友氏遺跡 大分の旅③(2026.06.24)


コメント