カテゴリー「江戸城」の13件の記事

2016年12月 1日 (木)

富士見多聞櫓の内部公開(江戸城)

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平川門をくぐり、久しぶりに江戸城内へ。

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今回の目的は富士見多聞櫓。
2016年11月15日より、初めて内部を一般公開しています。

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富士見多聞櫓
・・・早速お邪魔します。

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富士見多聞櫓内部

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本来は、襖で細かく仕切られていたようです。

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富士見多聞櫓から、蓮池濠越しの眺め。
残念ながら平成の世の現在では、富士の姿を拝むことは叶いません。

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ちなみに、蓮池濠側から見た富士見多聞櫓はこんな感じ。
(乾通り一般公開時に撮影)

富士見多聞櫓は関東大震災によって外壁等に被害を受け、昭和43年に皇居東御苑を公開するのに先立ち、解体修理されているようです。
その際、継続使用に耐えない木材は新しいものに交換し、その交換木材には修理年を焼き印してあるそうなのですが・・・後で写真を見返しても、それらしい印は見当たりませんでした。
表面に出ない部分に捺してあるのかな?

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ちょっと逆光で苦しい写真になってしまいましたが・・・こちらは富士見(三重)櫓
富士見櫓も内部こそ公開されてはいませんが、今までよりはだいぶ近寄れるようになっています。

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まぁそれでも、表側からの姿には敵いませんけど。
(皇居参観時に撮影)

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また今度、久しぶりにゆっくりと散策してみたくなりました♪

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2014年10月29日 (水)

企画展 「江戸城本丸大広間 -権力の舞台装置-」

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東京文化財ウィーク2014の一環で10月25日~11月9日の期間、東京都立中央図書館では江戸城本丸大広間 -権力の舞台装置-」と銘打った企画展を開催し、同館が所蔵する重要文化財「江戸城造営関係資料(甲良家伝来)」の中から本丸大広間に関する貴重な資料を公開しています。

甲良家
とは、現在の滋賀県甲良町にその出自を持つ江戸幕府大棟梁を務めた一族。日光東照宮造営や、大地震で度々倒壊した江戸城の修復に力を発揮しました。
新選組局長、近藤勇の天然理心流道場・試衛館があったことでも有名な市谷甲良屋敷に住していました。

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展示スペース自体はさほど広くもないですが、
御本丸大広間地絵図
に代表される豊富な間取図や設計図の類の他、向い棚駕籠をつける台の図面まであったりして、「ここまであれば完全復元も可能では」と思わせる充実ぶりでした。

※先日、高幡不動尊大日堂の展示で知った楊洲(橋本)周延の浮世絵が多数展示されていました。本当に凄い絵師だったんですねぇ…つくづく宮古湾海戦で生き残って良かった…(;^ω^)

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2014年8月23日 (土)

舟で巡る江戸城の外濠

本日は「お江戸日本橋舟めぐり 神田川コース」を仲間内10人で借り切り、舟から見る江戸城外濠巡りに出掛けてきました。

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発着場所は勿論、日本橋の袂から。


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以前、外濠歩きをした時に使っていた地図を再び。
日本橋からスタートし、常盤橋御門跡を手始めに日本橋川を北西へ進み、神田川に合流してからは東へ→隅田川で南へ進路を変えて永代橋の手前で再び日本橋川に入る時計回りのコースです。

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早速、常盤橋御門跡から。

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外濠に設けられていた諸門の中では、最も残存状態がいいです…が、

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2011年3月11日の東日本大震災以降、常盤橋は通行止めになったままです。
ようやく本格的な修復工事が始まったようですね。石材の位置を記録するラベルがたくさん貼ってあります。完成までにはあと1年半ほどかかるようです。(2014年8月現在)

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濠端に置かれた常盤橋の石材
石を痛めないように木の杭が挟み込まれています。

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更に進みます。この辺りは首都高の橋脚部分を除いて、石垣がよく残されていますね。

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一ツ橋御門
下から見上げると少し迫力が出る?

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神田橋御門
ちょこんと隅石も残っています。

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この辺りもいい感じ。

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雉子橋御門跡付近
意図的に隅石を残してくれたのかな? 奥に見えるのが、現在の雉子橋です。
そして、よく見ると水面に接したタイルが石垣模様になっていたりします。

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雉子橋付近が、江戸城の内濠と外濠が最も接近するポイント
現在は暗渠になって塞がれていますが、往時はここで内外の堀が繋がっていました。
写真は、その部分に架けられていた橋の欄干。ひっそりと残されています。

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堀留橋(図地点)
その名の通り、江戸城の外濠は本来ここまで。この先は1900年代初頭に開削して、神田川と繋げられました。
従って、奥に見える赤い橋の名前は「新川橋」=新しく開削された川に架けられた橋。

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江戸時代には埋め立てられて陸地だった部分。

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日本橋川が神田川と合流する付近、JRの線路が架けられた橋。
明治期の甲武鉄道時代の煉瓦積みが残ります。

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神田川に入って、小石川橋御門跡。

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JR御茶ノ水駅が見えてきた辺り。
この付近一帯の開削は仙台藩伊達家が受け持ったため、仙台濠と呼ばれていました。

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聖橋を潜ります。酷い写真…(^_^;)

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鋼ラーメン橋脚と呼ばれているそうです。

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万世橋と、万世橋駅(停車場)の名残の煉瓦造り。
この付近に、筋違橋御門がありました。

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神田川を暫く進み、屋台船群の奥に浅草橋。
無論、浅草橋御門があった場所です。

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さて、外濠を抜けて隅田川に出ました。両国橋。
隅田川は江戸時代初期、武蔵と下総の国境になっていて、防衛上の理由から橋は架けられていませんでした。
しかし、明暦の大火で逃げ場を失った多くの江戸市民が犠牲になるという惨事があり、それを受けて初めて敷設されました。
武蔵と下総の両国に架かる橋だから「両国橋

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あちらの水門の先に続くのは小名木川
江戸に入った徳川家康が、行徳の塩を江戸に運び入れるために開削させた、いわゆる運河です。

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重要文化財にも指定されている清洲橋越しに見る東京スカイツリ―。

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永代橋越しに佃島

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江戸湊の玄関口、湊橋を潜り、、、

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江戸橋JC付近で複雑に入り組む首都高の橋脚を過ぎると、ゴールの日本橋に至ります。

所要時間およそ1時間45分のゆったりとした舟旅。
陸地からとはまた違った視点で外濠を眺められて楽しかったです。
幹事のなっちさん、ご一緒頂いた皆様、ありがとうございました。

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2014年4月 9日 (水)

皇居乾通り一般公開

平成26年4月4日~8日までの5日間、天皇陛下の傘寿を記念して皇居の乾通り(坂下門~乾門)が一般公開されました。
この貴重な機会、お城好きとしても行かずにはいられないでしょう!(笑)

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公開最終日、早朝の大手門。
連日の大混雑ぶりがニュースでも報道されていましたので、結構早めに向かったのですが・・・

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巽櫓を過ぎた辺りから既に、遠目に行列が見えてきて・・・

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午前9時過ぎの時点でこの大行列! 開門は午前10時の予定ですよ?!
…あまりの混雑ぶりに結局、開門が9時30分に早められました。

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手荷物検査・ボディーチェックを経て、やっと入口の坂下門が近付いてきました。。。
さ、いよいよです!

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まずはお馴染み、富士見三重櫓

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そして富士見多聞櫓蓮池濠

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こうして間近に見ると迫力ありますね♪

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長屋らしき建物も。

今回の一般公開、多くの人は桜を目当てに訪れるようですが・・・

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私は専ら城郭遺構目当て…(^_^;)
こちらは道灌濠…あ、結果的に桜も見れた(笑)

今回の一般公開の通行ルートは、坂下門から入って真っ直ぐ乾門に抜けるコースと、途中で西桔橋から東御苑に抜けるコースの2種類がありました。

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そして私が最も楽しみにしていたのが、あちらに見える西桔橋西桔橋門跡です☆
正月参賀や一般参観のコースにも含まれていないので、なかなか見学することが出来ない大変貴重な遺構なのです!

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という訳で、迷うことなく西桔橋コースを選択♪
西桔橋から見る乾濠

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西桔橋門跡の石垣が眼前に迫ります☆ 江戸城では珍しい?二段石垣。

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橋の正面で90度左に折れ、見事な枡形になっています。

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ごっつい野面積みですねぇ♪

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振り返って・・・

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そのまま東御苑(本丸)に抜けると、天守台の目の前に出ます。

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混雑っぷりは半端じゃなかったけど富士見多聞櫓を正面から見れたし、何と言っても西桔橋門跡の枡形も見学できたので満足です☆

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2013年7月12日 (金)

都会に隠れた遺構 (幸橋御門と土橋)

まず最初に、江戸城外堀のおさらいから↓
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以前、外堀歩きをした際にも使用した図w
今回は図の下方(南)、幸橋御門付近に足を運びました。

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ちょっとアップにしてみる。西の方角から伸びてきた外堀が北に折れたコーナーの部分にあったのが幸橋御門です。
この図面を現在の地図に置き換えてみると・・・

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こんな感じになります。上の図と上手いことシンクロしたww
左端の虎御門(虎ノ門)から伸びてきて、幸橋で北(数寄屋橋~鍛冶橋方面)と東(浜離宮方面)に分岐する外堀は、ちょうど現在の首都高速沿いに通っていたことが分かります。
というより(ここら辺りの堀がいつ頃埋め立てられたのかは調べていませんが)、首都高は大抵、堀や川の上に建設されていますので、ある意味それも当然とも言えますね…(^_^;)

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幸橋御門が建っていた辺り(城内側)から外堀のコーナーを見た様子。線路に沿って写真左方向に進むと数寄屋橋などに繋がります。
尚、この幸橋の手前(城内)側の地域は、”「幸」橋の内側”ということで『内幸町』という地名になっています。
それにしてもこの殺伐とした都会のビル群に、一昔前にはこんな門が建っていたなんて…↓

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在りし日の幸橋門。今では跡形もなく、想像すらできません…(^_^;)
ちなみにこの写真はアングルからして、現在のJR新橋駅辺りから撮られていますね。

ところで今回、幸橋辺りに足を運んだ理由ですが、それはこちら↓
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何の気なしにこの古地図を見ていたら、幸橋御門のすぐ横に描かれている「土橋」に目が留まりました。
ちょうどこの辺りには現在、「土橋」という名の交差点や高速の入口があることを知っていたので、もしかして何か痕跡が残っていないかと・・・

で、実際に確認してみた「土橋」交差点↓
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高速の真下が不自然なくらいに盛り上がっていました。
※先ほどの現在地図に茶色で印をつけた位置です。

この高速道路に沿って堀が通っていた筈なので、まず間違いなく”土橋”の痕跡でしょう!これもれっきとした『遺構』♪

※写真正面の方向に伸びている道路が「外堀通り」なので一瞬混乱しましたが、幸橋御門から山下御門辺りまでの区間、北に伸びる外堀は少し西側の線路の辺りを通っていました。なので、この地点では写真に示したような感じで浜離宮方面に流れていく堀が横切っており、縦に伸びる道路に沿うような形で土橋が架かっていたものと考えられます。


ついでなので、もう少し足を延ばして・・・
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こちらは数寄屋橋交差点。この辺りからはまた、写真正面の外堀通りに沿って堀が伸びていました。数寄屋橋御門は左。
とすると、茶色い線で示した方向に土橋が架けられていた筈で、そういう目で見てみると確かに交差点部分だけが周囲よりも僅かに高く盛り上がっているような・・・?

まだまだ東京中を歩けば、こういう「隠れた遺構」はたくさん残っていそうですね☆

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2013年3月22日 (金)

江戸城の桜♪

今年は桜の開花が早いですねぇ、東京都心部。お花見も今週末がピークでしょ?
という訳で今回は桜目当てで江戸城を散策しました。

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工事中の清水門。今回はここからスタートし、お堀を左手に反時計回りで。
この日は某私立大学の卒業式が武道館で行われていたため、花見客と合わせて凄い人出でした(^_^;)

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武道館を向こうに千鳥ヶ淵堀。何気に一番好きな桜スポット。

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田安門も桜に埋もれ…

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どアップ。

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千鳥ヶ淵。桜目当ての人には一番人気のスポット。

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そのままテクテクと首都高を跨ぎ…

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大官町通りを抜けて…

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乾門。普段は通行不可です。

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更に北桔梗門まで抜けました。こちらは東御苑出入口の一つ(その他:大手門&平川門)

●外濠
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さて、所変わって今度は外濠へ。市ヶ谷御門跡(市ヶ谷駅付近)から牛込御門跡(飯田橋駅付近)に向かって歩きます。
桜で外濠が見えな~い(笑)

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市ヶ谷御門と牛込御門の間に掛かる新見附の土橋上から牛込御門方向。
右側の土手も全部、土塁!

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こちらが新見附の土橋。

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桜のトンネル~♪

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そして、あちらに見えているのが牛込御門。石垣の櫓台、分かりますでしょ?

今週末、お時間ある方は是非お出かけください。今年は早くもラストチャンスかもしれませんよ♪

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2013年1月25日 (金)

皇居参観

先日(というか昨日)、皇居参観に行ってきました。
江戸城本丸があった東御苑は一般に開放されていますが、参観で巡る旧西の丸側は一般参賀や天皇誕生日など、特定の時日にしか立ち入るチャンスのない地。普段は間近に見ることの出来ない富士見三重櫓や伏見(多聞)櫓、etc...とっても楽しみ♪

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集合の9:30まで時間が余ったので暫し散策。和田倉堀。

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和田倉門

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和田倉門の枡形。門の一つをとっても、まだまだこれだけの遺構が残る江戸城…改めて凄い城郭だったんだなぁ~と感嘆。

適当に和田倉噴水公園周辺をブラブラした所でいい時間になったので、集合場所へ。
今回参加する皇居参観のコースはこのようになっております↓
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桔梗門からスタートし、赤い点線に沿って歩きます。

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という訳でコチラ、桔梗門から♪

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いざ、入城~!
今回の参加者は発起人の幸村!さん(横顔写っちゃった、ゴメン…w)を初め、流星☆さん・なっちさん・あいすさん・さとみんさんと私の計6名。

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内部から見た桔梗門の櫓門。写真を撮りまくっていたら早速「立ち止まらないで~」「列を乱さないで~」の注意を受ける…(^_^;)

午前10時より、窓明館で土産物を物色し、ビデオなどで一通り注意事項を受けた後、いよいよ約2km/1時間の参観スタートです。

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最初に目に入ってくるのは元・枢密院庁舎。

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石垣に残る刻印に目をやりつつ…

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早速見えてきました!富士見三重櫓♪

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本丸の東御苑(この石垣の上)からも櫓反対側の近くまで行けますが、やはりアングルとしてはこちら側の方が断然いい!

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明暦の大火での天守焼失後は、その代わりとも目されてきた櫓。美しいです。。。

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宮内庁庁舎

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折角の内側からの坂下門も、現在工事中(>_<)

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宮殿長和殿

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一般参賀の時など、両陛下をはじめ皇族方が並ばれる場所。こんなに低かったんですね~。
手前に見える灯篭は有田焼製で、生け垣は縁起ものとされる紅白の寒椿。

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宮殿東庭。手前の白っぽいラインが、参賀の時の最前列なのだそうです。

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要人が儀式など(大臣任命式等)で駆けつける際の玄関口、車寄せ。よくニュース映像で出てきますね。

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宮殿東庭を抜け、今度は皇居正門の鉄橋へ向かいます。
その手前の石垣。何だか…綺麗過ぎて好みじゃない( -_-)

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鉄橋より。正月、ライトアップを目当てに対岸の広場に突っ立っていたな~(笑)
なお、「二重橋」というと私が立つ鉄橋と先に見えている眼鏡橋の二つを指していると思われがちですが、実際はこの鉄橋がその昔は木製の上下二重構造の橋だったことから、その名を由来しています。

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伏見櫓。京、伏見城からの移築とも伝わる。やっと間近に拝むことができました。

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再び引き返した宮殿近くから。富士見櫓がいい感じ♪

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山下通り。近くにある紅葉山の下を通るから「山下」通りww
ちなみにこの日の参観者は総勢で107名。ところが、紅葉や花見のシーズンになるとピークで400名にも及ぶという。。。その中に我々みたいに参観そっちのけで城の遺構に被りつきになる連中がいたら…収拾つかんわな(笑)

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富士見多聞。係員の目を盗んで何とか撮影♪

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最後に蓮池濠。奥に富士見多聞と、更に彼方には武道館の玉ねぎも(笑)

参観は正午前に終了。
この後、私は一旦みんなと分かれて仕事へ。。。

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夜、仕事終わりに再び合流し、池袋のジュンク堂本店で行われた「わくわく城めぐり」の著者:城メグリストさんと、城郭研究の第一人者:中井均先生によるトークセッションに参加。
更にはお二人も参加された飲み会にも同席させて頂くという僥倖にも恵まれ、大変に有意義な一日となりました♪

声を掛けて頂いた幸村!さん、さとみんさん。
一緒に参加して頂いた皆さん。勿論、中井先生や城メグリストさんもみ~んな!
本当にありがとうございました♪

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2012年11月16日 (金)

江戸城外堀探索③ 小石川~浅草

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今回は本企画(?)の出発点となった牛込御門跡がある飯田橋から①の時とは反対方向、東に向かって外堀沿いに緑色の文字で記した小石川・筋違・浅草の各御門跡を巡っていきます。

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飯田橋から外堀通り(ハローワークがある通りですね)を水道橋方面に向かいます。ホント、江戸城の外堀巡りって首都高に沿って歩くのと殆ど同じ…(^_^;)

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水道橋駅に到達するすぐ手前に、小石川御門跡(小石川橋)。

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小石川橋からの外堀(神田川)。右から合流してきているのが日本橋川。②でも書きました通り、江戸時代には堀留橋辺りで埋め立てられていましたが、その後開削されてご覧のように神田川に繋げられました。

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そして水道橋から。

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水道橋からお茶の水にかけてはなだらかな上り坂が続きます。
そういえば「JIN」でよく登場した丘の上(仁先生が咲さんにフラレたりしていた場所w)がこの先のお茶の水辺りという設定でしたよね、確か。

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普段車だと気付かずに通り過ぎてしまうが、この坂の途中には「お茶の水分水路」や・・・

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「神田上水懸樋跡」の碑がありました。

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御茶ノ水駅から見たお堀。この辺りは仙台藩伊達家が開削を担当したことから「仙台濠」と呼ばれます。

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その反対側には聖橋。

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聖橋の袂にも、思わせぶりな石がゴロゴロと・・・

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更に聖橋の上にも上ってみた。外堀跡と・・・鉄道ジオラマ!?(笑)

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聖橋の上からは他にも湯島聖堂や・・・
(あ、湯島聖堂のあの壁の手前の坂、「JIN」のオープニングだかで雑踏の中を歩く中谷美紀さんが振り替えるシーンの場所ですね)

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東京スカイツリーもひょっこり顔を出していた(笑)

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「淡路坂」
坂上に鈴木淡路守という人の屋敷があったことが名前の由来とか。ここを下ると・・・

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秋葉原のすぐ手前に出ます。写真は昌平橋からお茶の水方面を振り返ったところ。

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おなじく昌平橋から万世橋方面。この辺りに「筋違御門」があったらしいです。

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万世橋から。残念ながら御門の名残は何もなく・・・

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線路を潜って秋葉原駅を越え、和泉橋から進行方向の外堀跡。

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ここからは外堀通りから更に1本お堀側に入った柳原通りを進みます。

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何か由緒ある建物かと思ったら・・・お手洗い(笑)タクシーの運ちゃんも!ww

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「左衛門」・・・うむ、思わせぶりな名前の橋だww 今度ちゃんと調べてみます。

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淡々と進むこと約15分(秋葉原から)、割と呆気なく浅草橋の袂に出ました。その角には「郡代屋敷跡」
関東郡代役宅跡で代々、伊奈氏が世襲。当初は常盤橋御門内にありましたが、明暦の大火で消失後にこちらへ移動。伊奈氏の失脚後は勘定奉行が郡代を兼務し、引き続きこの地に居住しました。

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浅草橋

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浅草橋から。屋形船の数が凄い・・・(^_^;)

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そして「浅草見附(御門)跡」の碑。
これで外堀探索、御門跡巡りは終了ですが、折角なのでもう少し歩いてみることにします。

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両国広小路
明暦の大火が起きた時、この付近の隅田川には防衛上の理由(隅田川が武蔵・下総の国境だったため)により、橋が架けられていなかった。そのため、多くの市民が逃げ場を失い命を落とした。以降この地には両国橋が架けられ、且つ延焼を防ぐためにその付近を火除け地としたのが広小路の始まり。上野・浅草と並ぶ江戸三代広小路。

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柳橋

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最後に両国橋から隅田川。
〆もやはりスカイツリー♪(笑)

これにて江戸城の外堀探索はひとまず終了です。
まだ見逃しているポイントもありますので、それらは追々機を見てブログなりTwitterなりでレポートします。お付き合いくださり、ありがとうございました♪ 

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2012年11月15日 (木)

江戸城を俯瞰! 平川門~竹橋門跡

さて、江戸城外堀歩きは一休みして、今回は平川門~竹橋門跡の辺りを俯瞰で見学してきたレポです。

以前から平川門~竹橋門跡に架かる「帯曲輪」がどうしても気になり、何とか上手く写真に収められないか試してきたのですが…どうしても地上からだと、あの独特の橋の様な形状を表現することができない。

ちなみに「帯曲輪」とはこんなものです↓
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まぁ、こんな上空写真は無理としても、ここは何としても俯瞰で見てみたい!と思い立ち、調べましたよ。。。そしたらあるじゃないですか!
地下鉄「竹橋駅」を出るとすぐ、毎日新聞が入っている「パレスサイドビル」という建物があるのですが、ここが平日の11:45~14:00に限り、屋上を一般に開放しているとの情報をGET!!

早速行ってきました♪
昼休憩を楽しむサラリーマンやOLさん達のグループの傍らで一人、スマホで写真撮影に勤しむ怪しいリーマンの図(笑)

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おお・・・!これぞまさしく「帯曲輪」!!
写真右端の道路が竹橋で、すぐ左の窪んでいる石垣の辺りが竹橋門跡。そこから左に向かって…

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ズズイーッと細長く、堀を分断するかのように「帯曲輪」が伸びる。何だか「ミニ・天橋立」みたい(笑)
これを境に奥が「平川濠」、手前が「大手濠」と呼ばれます。

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最後は平川門に繋がります。 そろそろ紅葉も見ごろですね♪

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こちらは先日「江戸城外堀探索②」でも紹介した「雉子橋御門」付近。
(お堀がカクッと折れている辺り)

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景色最高ですよ~♪

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奥に東京タワーが写っているの、見えますか?

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最後に、東京スカイツリー。
景色を眺めるだけでも十分に楽しめます。いいスポット、見つけちゃったな!ww

次回は外濠探索を再開(予定)です。

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2012年11月13日 (火)

江戸城外堀探索② 常磐橋~堀留橋

さて、江戸城外堀探索①の続きです。
今回のルートはこちら↓
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紫色の文字で記した常磐橋御門跡から順に巡っていきます。
と、その前に…

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①のラストに訪れた呉服橋御門のすぐ近くには江戸時代後半(1800年頃~)、北町奉行所がこの地に置かれていた。その跡地に建つトラストタワーの敷地内には、発掘された排水溝の展示があります。

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さ、改めて。堀端から早速、常磐橋御門跡が見えてきました。ここは門構えの石垣もよく残り、とても雰囲気があっていいのですが…

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昨年の震災により、現在は立入禁止に!
両脇の石垣も立派なだけに、もっと近くで見たかったな。。。 現在の日銀本店の斜め向かい辺りです。

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う~ん、残念だけど古い橋だけに仕方ないか。

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引き続き神田橋御門跡。現在はご覧の通り、首都高の出入口に…。

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神田橋から、この先の一ツ橋方面。
当然こんな状態なので遺構は期待できないと思ったが…

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あの隙間から辛うじて石垣が!?

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更に進み、一ツ橋御門付近の堀跡。この辺りの対面には石垣跡がよく残ります。

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かなり削り取られちゃってますが…(^_^;)

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そして一ツ橋御門跡。正面にはすぐ江戸城内堀(大手堀)と平川門があります。

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一ツ橋から雉子橋御門へと続く堀跡。正面の河岸は石垣跡です。

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改めてじっくり見ていくと、意外と石垣はよく残っている。

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この先に…

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雉子橋御門跡。あの石垣が現存かどうかは、かなり怪しいですが…。

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雉子橋御門跡から進み、少し外れた所には「南総里見八犬伝」の著者、滝沢馬琴の邸跡(九段北1丁目)

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堀留橋。ここが江戸城築城の際、外濠の起点とされた場所。
現在はご覧の通り、この先も神田川と合流されるまで日本橋川が続いていますが、これは1900年代初頭に開削されたものです。
(1枚目の図の赤い★印位置)

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堀留橋の袂には、こんなお地蔵さん。

今回で左回りに起点まで辿り着いたので次は牛込御門の東、小石川御門から浅草御門までのルートを巡ります。         

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